悪と正義と変身デバイス
くるくるくるり
1話
叱られることの多い人生だった。
人生を『だった』と締めくくるにはまだ早い気がするが、それでも今までの人生を振り返りたくなるほど現実に嫌気がさしている。
俺は小さいころから人の話を聞き流すクソガキだった。
親や先生にどれだけ注意されても反省することなんて全くなくて、俺のしたいことを思いついたことを無計画で行動してしまうのだ。
今思えばかなりの迷惑をかけていたなと申し訳ない気持ちになってしまう。
公園の高台から飛び降りた時も、年上の悪ガキ相手にこぶしで殴り掛かった時も、母親はきっと気が気ではないほど心配してくれていただろうし冷や冷やしただろう。
本気で怒られたときは泣いたし、殴られて痛かった。
でも、そんなことが吹っ飛ぶくらい大きな夢を持っていた。
俺はヒーローになりたかったんだ。
この世の悪を単身で打ち砕き、世間から称賛される。
強くてかっこいいヒーローに。
成長すると現実が見えてくる。
周りの友達との話題を合わせていくうちにサンタクロースが存在しないことを知った。
当時はとても衝撃的な事実だった。
騙されていた悔しさと気づけなかった自分に腹が立って泣いたのだが、同時に「そうだろうな」と現実を見つめる冷めた自分がいた。
夢という熱に焦がれている自分をもう一人自分が冷ややかに笑うのだ。
こうして色々な夢から覚めていった。
宇宙人や地底人はいないし、超能力やら魔法なんかもっての他だった。
これが正しい成長だと一言で切られてしまうのは少し悲しい気分だ。
それでも『ヒーローになりたい』という夢はなかなか冷めてくれなかった。
正義を貫着たい、称賛されたい。
そんな浅はかな俺の願望が世間の悪に矛先を向けた。
中学生の頃、ある大物政治家の悪事が暴かれる記事を見た。
ネットやテレビは大騒ぎで、その政治家の名前を聞かない日は無いほど連日取り沙汰されていた。
これほど話題になったのにお咎めが何もないという事実がさらに拍車をかけていた。
俺は政治家の悪事に憤慨し、ネット掲示板で有志を募り直接押しかけようと提案する。
彼らの反応は冷ややかだった。
俺は正義の行動であることを疑わなかったし、彼らもきっと賛同してくれると信じていた。
なぜなら同じ話題で通じ合っていたから。
いや、通じ合っていたと思い込んでいたからだ。
そして逆に攻撃を受けたのは俺だった。
掲示板の書き込みが多くの注目を浴びてしまったのだ。
世間知らずの恥ずかしい1例として、有名なコピペの仲間入りをしてしまったのだ。
俺が本気になればなるほど、彼らは俺を持て囃しコピペを連投するのだった。
しばらくはネットをやめようとあきらめがついた時には既に、俺のコピペを元に複数のバリエーションが作られていた。
悔しかった、恥ずかしかった。
でも親には相談できなかった。
こんなことで心配をかけさせたくなかった。
そして中学生特有のちょっとお高くなったプライドが邪魔をした。
結局、ほとぼりが冷めるまで俺はネットを見なかった。
正義は暴走すると手に負えないと知ったのだ。
高校生の頃、もう一度正義が再燃してしまったことがある。
とある噂で同級生の女の子が体育教師と交際していることを知った。
その教師は平気で体罰をするような粗悪な性格で有名だった。
そんな悪名のせいであらぬ噂が飛び交い、体育教師が女子生徒の弱みを握り無理やり交際しているのだと聞いてしまったのだ。
本当なら大問題のはずなのだが、不思議と鎮静化していた。
しかし俺は悪を許せなかった。
女子生徒に無理やり関係を迫る体育教師は悪だと思ってしまったのだ。
周りがやめろと言っても聞けなかった、だってこれは正しいことだからと。
俺は鎮静化された話題を再燃させて、ついに教師と女子生徒の関係を暴いた。
蓋を開けてみたらどこにでもあるような健全で普通の恋愛だった。
そこで終わってくれればよかったが、もうこの事態はどうすることもできなかった。
俺が話題を再燃させたせいで保護者からの問い合わせが止まらなくなり、体育教師は免職となり女子生徒と離別してしまった。
「なぜこんなことをしたのか」と彼女は聞いた。
泣きながら叫んでいた、発起人の俺を心から憎むように。
何も言い返せなかった。
正しいことだと思っていた、悪を打ち倒せば称賛されると思っていた。
本気の恋愛をしていた彼女や教師の気持ちなど考えず、ただ正しいことだと言い回り、いたずらに事態を悪化させた俺には『正義』なんて言葉にする資格がないと理解してしまったからだ。
結局、悪と正義の区別がついていないのは俺の方だった。
その一件から俺のヒーロー熱はすっかり冷めきった。
そして正義を嫌いになった。
そして今、大学生になった俺は将来について悩んでいた。
何となくの学力で中堅の大学に入り、今まで楽しく過ごしていた。
深夜1時、誰もいない公園のブランコに座り溜息を吐く。
「将来…かぁ」
今日、友人から夢の話を聞いた。
希望の職業はもう決まっているのだとか。
そのためにこの数年間は勉強していたと。
ここ最近は不景気のせいで就職難だ。
企業は早いうちから優秀な大学生を獲得するために動いている。
就活生も好条件の職場を見つけるために日夜自己分析やら自分探しやらで忙しい。
例にもれず俺にもその順番が回ってきたというだけだ。
特に夢も持てず漫然と大学に来た俺には荷が重いことだった。
なんせ就職なんて全く考えていないのだから。
もしいまから本気で取り組んだとして間に合うのか?
もっと前から本気で就活に心血を注いでいる人たちに勝てる気がしない。
今更頑張ってもなぁと諦めてしまいそうになる。
そして努力が面倒くさいのだ。
今から好きなことを見つけるか?
だめだ、何年かかっても見つかる気がしない。
頭の中で一人、問答を続けながらまんまるく輝く月を見上げる。
「はぁ…どうしよう」
ギコギコとさび付いたブランコに体重を乗せる。
錆臭い鉄の匂いと何者かの足音を耳で捉えたのは同じタイミングだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます