第4話 シスター

 街中に入れば、入り口から見たレンガ街がそのまま広がっていた。

 店舗、住宅、教会に至るすべての施設が赤と白を基調としたレンガと窓ガラスで造られている。街灯も吊り下げ式のランタンで、例えるなら資料で見た中世ヨーロッパの田舎都市のような感じだ。

「シスター、って方は?」

「教会にいつもいらっしゃるよ。先に用事を済ませちゃう?」

「その方がいい気がする。𩿎宙が怒られないように」

「おぉう。それもそうだね」

 というわけで、教会へ向かう。

 道中をちらちら見ていると、各種サービスは整っているように見える。娯楽施設も多少あり、酒場や食事処といった場所もあった。花屋や肉屋などもありいったいどこから仕入れているのか謎だ。

 軽く見た所、本当にこの島の中だけで経済が完結しているように見える。

 人もまぁまぁいる。子供も大人も老人も、年齢層に偏りはなさそうだ。

(……異常だな。仕入れルートも想像つかない。こう言った自己完結型の経済モデルはリソースの限界で見ても寿命が短いのが鉄板だ。それもここは海の上……各種補給なんかを考えても、まず存続は無理。心臓部を叩くと瓦解しそうだが……嫌な予感しかしない)

「京谷君?」

「ん?あぁ、ゴメン」

 不思議そうに俺の顔を覗き込む𩿎宙。

(あまり考えこむと𩿎宙に怪しまれそうだ。自重しないと)

「着たばっかだから、今後どうなるんだろって思ってさ」

「あ~……京谷君意外と繊細なの?」

「どうだろな。引っ越しとかってあんまり経験ないから」

「そんな不安にならなくても大丈夫だよ~!みんな優しいし、島の中に不自由することないから!まぁ本島と比べてどうかはちょっとわからないけど……」

 にこにこと安心させるためか柔らかい笑顔で𩿎宙が先導する。その先に見えて来たのは、真っ白なレンガ造りの、教会という言葉をそのまま形にしたような屋根に塔と鐘がついた建造物。扉は木製と簡素だが二枚扉。

「シスター!お客様連れてきました~!」

 そう言って、𩿎宙が扉を開ける。長椅子が規則正しく並べられ、道を作る様に中央にはカーペットが敷かれている。

 その先には祭壇と、シスター服を着た一人の女性が立っている。女性は黒いレース生地で顔を覆っていて表情が読めない。

「サレンちゃん。少し遅刻ですよ?」

「あはは……ごめんなさ~い」

「もぅ」

 そんなやり取りを眺めながら、小さく、さりげなく靴先を地面に叩く。

(……反響が遠い。地下に何かあるか?)

「……粕谷さん、ですね?お話は伺っております」

「初めまして。粕谷 京谷です」

「【クレイビル・エル】と申します。皆からはシスターとそう呼ばれております」

 どんな表情をしているかは読めない。しかしさっきさりげなくやったことはバレてるとみていい気がした。

「……サレンちゃん。粕谷さんと二人でお話があるから、外で待っててくださいますか?」

「え~?わたしが連れて来たのに~?」

「後でお礼にアップルパイ、焼いてあげますから」

「ホント?!シスターのアップルパイ大好き!!」

 無邪気に言うことを聞いて、「またね~!」と扉を叩いて𩿎宙が出ていく。

「……足癖、悪いですね?エージェントシーク」

「……」

(コードネームを知っているってことは……本土政府と多少縁があるってことか)

「さ、さぁ?何のことだか」

「……すこしお待ちください」

 そう言って、シスターは扉を閉めて鍵をかけ、空中に指で円を描く。

 周囲の空気が変わった。すぐさま構え戦闘態勢に入る。中腰、右手を引いて左太は前に。右足は半歩後ろ。

「見たことのない型ですね?まるで弓を引くかのよう」

「……急に異能を使って、警戒しない方がおかしいじゃないですか」

「安心してください」

 そう言って、近場に会った小さいツボを手に取り勢いよくこちらに投げてくる。飛んできたツボはまっすぐこちらに向かってくる。

(……ここ)

 ツボの縁の部分を素早くつかみ、勢いを殺す。そのまま掴んで投げ返す。軌道は、シスタースレスレに。

 パリンッ!

 かなりの音が響いた。

(あ、まず)

 異能を全力発動。軌道を読む能力はこれから起こる三秒後を予見できる……が、

「何も起きない?」

「言ったでしょう?安心してと。私の異能は密室状態の音を操作するものです。今現在外にここの音が漏れることはありません」

 確かに力加減を間違えて投げたにもかかわらず、外にいるであろう𩿎宙が入ってくる未来は予見できない。

 異能を落ち着かせて、予見する力を解除。

 ひとまずは、警戒レベルを下げる。

「あなたの異能は……未來視ですか?」

「さぁ?どうでしょう」

(あっさりニアピン当てて来たな……𩿎宙といい、ショウといい、このシスターといい。一枚岩じゃ行かない奴が多いな……ってか俺がボロ出した感が否めない)

 そう思うと冷や汗が出そうだ。

「言っておきますけど、異能の原則として未来、過去に干渉できるものは人体に大規模な負荷がかかります。そのため見返りも大きいわけですが。であればこんな茶番の一幕にそんな力を使うようなアホに見えます?」

「ふむ……確かに、それもそうですね」

「……一応聞きます。関係者ですか?シスターエル」

「エルは記号。型番のようなものです。クレイビルかそれに近い呼び方でお願いします」

(話はそらせた。しかも情報まで漏らした……?譲歩してくれてるのか?)

「先ほどの情報で、信じてはくれませんか?」

「……組織に報告はさせてもらいます。まだ自分の中で現状を整理しきれていない部分もありますし、この島での自分の身分もわからないので」

「あら?組織は薄情なのですね?」

「まさか。ボロを出さないための処世術です。それに組織はこの島の内部情報を露ほども知らない。齟齬があろうものなら怪しまれますから」

「なるほど。あなたを買っての事でしたか。それだけの実力のある方であれば任せられそうです」

 そう言って、小さく吐息を漏らした。多分、ほほ笑んだのだろう。

「ようこそ。粕谷 京谷様。ここは秘密の園。殻に隠れた凄惨を暴いて、皆様を開放していただきたいのです。そして、サレンちゃんを、どうか。どうか救って」

 カチ

 ……異能力者は、生命の危機を感じ取るとそこから逃げようと身体能力や異能のリミットが外れる時がある。

 予見の力が、三秒後……いや、十秒後を予見した。

(シスターが、吹っ飛ぶ。あの布は起爆装置を隠すための……ッ?!)

 一瞬で距離を詰める。申し訳ないが気絶する威力でアッパーカットを打ち込み、さらに異能を開放。ぎりぎりと締め付けられる痛みが全身を打つが、構わず秒数を伸ばす。

 一秒、二秒。伸ばすたび痛みは増えていく。伸ばすたび、目玉が外へと飛び出したがる。それでも、それでもスローになった視界で、爆発源を捉える。

 火薬の破裂、場所は首元。チョーカーのようなアクセサリーを捉える。

 身体能力をさらに強化。チョーカーを親指の爪で引き千切る。チョーカーは空中に投げて、俺たちは扉の方へ一足へ飛ぶ。転がり込むように扉を出て閉める。

「うぉッ?!し、シスター?!それに京谷君も」

「𩿎宙ッ!!伏せr」

 —――――――轟音が、室内で響いた。

 衝撃波はここまで響く。異能を開放したフィードバックと相まって、舌を噛んで気絶を防ごうとも目の前が朦朧とする。骨が、肉が、血管が、神経が軋む感覚。何度体験しても不快だ。

(や、ば……落ち……る―――)

 そして、俺はシスターを抱えたまま意識を手放してしまった。

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ゆきそら、秘密咲く 蒼水 アザミ @hitujitoyagi

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