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ある日、彼女がベッドから起きて来なかった。


起こしに行くと、首を振るだけで動かない。


体調を崩したのだろうか。


空調を緩め、いつもより食事の量を減らし、様子を見る。




次の日、彼女は少し元気そうに見えたが、やはりベッドからは動けないようだった。


僕は彼女のそばに一日中座っていた。




それからしばらく、彼女はベッドで過ごすことが多くなった。




それから僕は、植物の世話と、施設の管理と、自分の食事以外の時間を彼女と一緒に過ごした。


時折お話を聞かせてあげた。


時折外の様子を教えてあげた。


だけど、彼女はもう目がよく見えないようだった。


お話を聞かせてあげても、反応が薄くなった。


窓の外を見ることも少なくなった。




食事の量もどんどん減っていった。


決められた量を食べることの方が少ないくらいだった。


「L-1」も「L-2」も、余るようになってしまった。


僕たちは相変わらず、夜の食事とは別に「Lシリーズ」を食べている。


彼女が見つけてきた大切なものだ。


感謝して食べなければならない。




薬はあるし、医療設備はこんな状況だけどしっかりと残っている。


だけど、どれも役に立たないらしい。


仕方のないことらしい。


だって、彼女はそれが寿命だから。


僕とは違う生き物だから。


だから、早く早く命を燃やして、僕よりずっと早く死ぬんだ。




あるとき急に、彼女が寝言を呟いた。


聞き取れなかったが、楽しそうな表情をしていた。


そして、もぞもぞと足を動かしていた。


歩かなくなって久しいのに。


夢の中では、彼女は楽しそうに歩いているんだろう。


そう思うと、悲しくなった。


もう一緒に散歩に行けないことが、悲しくなった。


彼女も夢の中では、僕と一緒に歩いているだろうか。


それとも、夢の中に僕はいないのだろうか。


彼女の夢の中に入っていけたら。


そう思った。




最後の日が来た。


まるで誰かに決められているかのように、その日は晴天だった。


雲は一つも見当たらなかった。


「―――――」


リューがなにかを呟く。


僕は朝から、彼女のそばを離れなかった。


なぜだか、目を離したすきに彼女がいなくなってしまう気がしていたから。


「どうしたの?」


僕は彼女の手を握り、聞いた。


その手は細くてか弱くて、握りしめたら崩れてしまいそうだった。


「―――――」


「うん、うん、わかるよ、僕もだよ」


僕には、わかった。


彼女の言いたいことが。




僕たちにとって、それは大した時間ではなかったかもしれない。


だけど、彼女にとって、それは「一生」なのだ。


それだけの時間を楽しく一緒に過ごしてきたことに、僕は胸がいっぱいになった気がした。


「―――――」


「うん、うん、そうだね、おやすみ」


そうして、彼女は静かな寝息とともに、安らかな眠りについた。


僕の時間は、多分まだたくさん残っているのだろう。


それが憂鬱だ。



★おしまい★


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【短編】倍速で進む君と、立ち止まったままの僕 モルフェ @HAM_HAM_FeZ

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