5/5
ある日、彼女がベッドから起きて来なかった。
起こしに行くと、首を振るだけで動かない。
体調を崩したのだろうか。
空調を緩め、いつもより食事の量を減らし、様子を見る。
次の日、彼女は少し元気そうに見えたが、やはりベッドからは動けないようだった。
僕は彼女のそばに一日中座っていた。
それからしばらく、彼女はベッドで過ごすことが多くなった。
それから僕は、植物の世話と、施設の管理と、自分の食事以外の時間を彼女と一緒に過ごした。
時折お話を聞かせてあげた。
時折外の様子を教えてあげた。
だけど、彼女はもう目がよく見えないようだった。
お話を聞かせてあげても、反応が薄くなった。
窓の外を見ることも少なくなった。
食事の量もどんどん減っていった。
決められた量を食べることの方が少ないくらいだった。
「L-1」も「L-2」も、余るようになってしまった。
僕たちは相変わらず、夜の食事とは別に「Lシリーズ」を食べている。
彼女が見つけてきた大切なものだ。
感謝して食べなければならない。
薬はあるし、医療設備はこんな状況だけどしっかりと残っている。
だけど、どれも役に立たないらしい。
仕方のないことらしい。
だって、彼女はそれが寿命だから。
僕とは違う生き物だから。
だから、早く早く命を燃やして、僕よりずっと早く死ぬんだ。
あるとき急に、彼女が寝言を呟いた。
聞き取れなかったが、楽しそうな表情をしていた。
そして、もぞもぞと足を動かしていた。
歩かなくなって久しいのに。
夢の中では、彼女は楽しそうに歩いているんだろう。
そう思うと、悲しくなった。
もう一緒に散歩に行けないことが、悲しくなった。
彼女も夢の中では、僕と一緒に歩いているだろうか。
それとも、夢の中に僕はいないのだろうか。
彼女の夢の中に入っていけたら。
そう思った。
最後の日が来た。
まるで誰かに決められているかのように、その日は晴天だった。
雲は一つも見当たらなかった。
「―――――」
リューがなにかを呟く。
僕は朝から、彼女のそばを離れなかった。
なぜだか、目を離したすきに彼女がいなくなってしまう気がしていたから。
「どうしたの?」
僕は彼女の手を握り、聞いた。
その手は細くてか弱くて、握りしめたら崩れてしまいそうだった。
「―――――」
「うん、うん、わかるよ、僕もだよ」
僕には、わかった。
彼女の言いたいことが。
僕たちにとって、それは大した時間ではなかったかもしれない。
だけど、彼女にとって、それは「一生」なのだ。
それだけの時間を楽しく一緒に過ごしてきたことに、僕は胸がいっぱいになった気がした。
「―――――」
「うん、うん、そうだね、おやすみ」
そうして、彼女は静かな寝息とともに、安らかな眠りについた。
僕の時間は、多分まだたくさん残っているのだろう。
それが憂鬱だ。
★おしまい★
【短編】倍速で進む君と、立ち止まったままの僕 モルフェ @HAM_HAM_FeZ
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます