最果ての酒場へようこそ

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

通り道を超えた向こう側


暗い暗い闇の中

響く足音もなく

目に届く光もない


私はそこを歩く


なんの匂いもしなければ

なんの気配もない、それはただ

`通り道`という機能しか持っていない


まるで


`ただの道なんだから

歩けさえすれば他は要らないでしょ`


などという徹底的に

頭の悪い合理主義の元で

設計されたかのよう。


私はそんな場所を


もう少し娯楽なんかが

あったって良いじゃないかと

ここを通る度に私は思うのだが


利用者の意見を受け取る

窓口も無ければ受付も無いので

これは叶えられない要求だ。


いい匂いのするアロマとか

美しい造形の芸術品とか

年代物の剣とか鎧とか


そういうのがあれば

少しは気分が上がるのにな

なんてことを思いながら


重くなりそうな足にムチ打ち

ひたすら前へ前へと歩みを進める。


ただ足を交互に出すだけ

それだけに意識を集中させる。


右、左、右、左、右……


そして


いつまで続くんだろうと

そう思い始めた頃になって

目の前が明るいことに気が付く。


「……あーもうようやく到着だ


こんなに歩かせることないだろうに

もっと近くにあってくれよとボクは

心の底から思うね、ホントに」


溜め込んでいた分の不満が

一気に土石流のように流れ出す。


願わくば、この文句が誰か

このバカ長い空間を改善してくれる

心優しい誰かの耳に届く事を祈って


私は


この暗闇にぽつんと浮かんだ

光の漏れ出す両開きの扉に対して


「すぅーーー……」


たっぷりと息を吸ってから


「こんにちはーーーー!!!!!」


という元気な挨拶とともに

扉が付け根から吹き飛ぶほどの

豪快な蹴りをお見舞いしてやるのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


まるで


この世の終わりのような

全てを引き裂く雷のような

激しくやかましく暴力的な破壊音が


`果ての酒場`に響き渡った。


哀れ根元からちぎれ飛ぶ扉

フリスビーでも投げたかのような

気持ちのいい飛び方をした後


片方はお店の天井に突き刺さり

もう片方は店の奥の壁を貫通し

虚無の彼方へと消えていった。


シーンと静まり返る店内


いくつかのテーブルと

カウンターと椅子しかない

質素で平和な酒場の空気は


私の凶行により

まるごと吹き飛び——


「また壊しやがったな!?

てめぇちくしょう!!!

普通に開けやがれこのクソ女!」


——はしなかった。


「おーっ!今日は派手に飛んだなぁ」

「1個天井に刺さってるぞ、すげー」

「相変わらず元気な登場だよね」


「危ねぇな当たるとこだったぞ!」


「何言ってやがる、お前の席からは

だいぶ離れてただろうが臆病者がよ」


「ア゛ァ゛!?」

「てめぇやんのか!?」


「こんにちはー!」


ブチギレる店主の声

お馴染みの酒場の客たち

いつも喧嘩している2人


最近できた私のファン


などなど


私の降り注ぐ隕石のような

災害じみた登場の仕方に対して

すっかり慣れきった反応を

それぞれ見せていた。


私は店内を見回して

それぞれに手を振ったあと


カウンターの向こう側で

今にも爆発しそうになっている

店主の目の前にの席に手をかけて


座りながらひと言


「壊れやすい扉付けるからだよ」


「ぶっ壊れてるのはお前の頭だ

なんで毎回蹴り破ってくる?」


ピシャリと冷たい物言いをしつつも

既に彼はコップに飲み物を注ぎ

客である私への提供を済ませている。


感情と仕事は別の究極系が

私の知る限り、この店主だ。


「ただ開けるだけだと

つまらないじゃないか


ああして毎回開けていれば

ボクがボクだとみんな分かる

記憶に残ることが出来る」


そう言って出された提供物を

ごくごくと喉を鳴らして飲み干す


「……そうかい」

「そうだとも」


「まあ確かにお前の目論見は

見事に成功してはいるからな


無駄に壊されてる訳じゃないことが

唯一の救いだと思うことにしよう」


「今度は随分と優しいじゃないか

あんな茹でダコみたいになって

怒っていたというのに」


「そりゃあ……な

あんなこと言われちまったらな」


さっきの様子とはうってかわり

しおらしいような様子を見せる彼に

`らしくないな`と思ってしまう。


だから


「おや、公認してくれるのかな?」

「調子に乗るなよ首もぐぞクソ女」


わざと怒らせるようなことを言い

彼の調子を戻してやる事にした


そうだ、そうだとも

キミにはそういう


頭に血を昇らせた

猛獣のような顔が良く似合う

しんみりするのは辞めておけ

そんなのキミらしくない。


私は


はっはっは!と大袈裟に

笑い飛ばしながら席を立った。


喉の乾きも潤った事だ

そろそろ皆との交流を

深めに行こうとして


「……今回も、よく来たな

心から歓迎しているよ」


背中に優しい声がかけられる

まるで父親が愛娘にするみたいな

優しくて暖かい、そんな声音だった。


私は振り返らずに


「……多くを気にする必要は無いよ

キミはただ、提供していればいいのさ


我が友よ」


`余計な気遣いはするな`

そう遠回しに告げてから

その場を後にした……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


最果ての酒場


ここはそう呼ばれている

その名の看板こそ無いけれど

いつか誰かがそう呼び始めて

それを店主が気に入って使い始めた


それが起こりだ。


この世にはあらゆる戦場がある

つまりそれは人が生き、死ぬ場所


命が失われる地獄

多くの希望が潰える闇

理不尽が支配する空間。


そして

そんな地獄を


戦い、逃げ、勝ち取り奪い取り

そして生き残ることが出来た

今日を踏みしめる者達がいる。


そして


戦いを終えた彼らは

闇よりも暗い場所に落とされる。


そこには一切の光もなく

音もなく、娯楽も人間もいない


永遠に続いているかのような

途方も無い暗闇を抜けたその先には

ただ唯一の光が指す場所がある。


それがこの酒場だ。


皆がたどり着ける訳ではない


あの恐ろしい闇を超えて

あるかも分からない希望に向かって

歩くことが出来るものだけが

ここに辿り着くことが出来る。


例えば


「——今回の遠征は酷かった!

次々と疫病に侵されて行ってね

目的地にたどり着いた頃には既に


戦力と呼べる兵士は

ボクだけしか残っていなかった」


例えば私のような

あるいは彼らのような


「本当かそれは、そりゃ

なんとも恐ろしいことだな」


「ってことはアンタ1人で

敵を壊滅させたってことか?


死んでないもんな、生き残らなきゃ

ここには来られねぇんだからよ……


で、ホントの所どうなんだ?」


「もちろん、さっき言ったとおり

戦えるのはボクしか残ってなかった


……ああ、全員ぶち殺してやったさ

ただの1人も!逃がしはしなかった!」


湧き上がるのは

割れんばかりの歓声


英雄を称えるマーチのように

テーブルやら床やらを叩いて

リズムが刻まれていく


その中で1人だけ


「やっぱりすごいなぁ

尊敬しちゃうなぁ……」


うっとりと

熱っぽい視線を向けて

そんな呟きを漏らす者が1名


彼はさっき`こんにちはー!`と

元気よく挨拶を返してくれた男だ


「ありがとう」


私はそんな彼に向き直り

しっかりとお礼を返す。


「わ……い、いえ、その

えっと、その……はい!」


顔は真っ赤、言葉はボロボロ

オマケに目はキラキラしてて

分かりやすい恋の症状だ。


私は……いや

ボクは最近彼のことを

少しだけ気になっていた


だから、ほんの少しだけ

贔屓してしまったのさ。


場に流れる甘い空気は

その悉くが無視される。


デリカシーの欠けらも無い

戦場を生きる男達には無縁のものだ


あるいは気付いていて

あえて触れていないのか

判別することは出来ないが


とにかく


照れた彼は可愛くて

周りは騒がしくて

私は楽しくて


うん


やっぱり今日も

今回も楽しいな


生き残った甲斐があった

女子供を容赦なく血祭りにあげ

命乞いをする兵士を無慈悲に殺し


火を放ち

切って切って切って

血の川と死体の山の上に

呪われた勝利の旗を立てかけた


その甲斐が

あったというものだ。


……そう、ここに居るものは皆

それぞれが狂った殺人鬼なのだ。


任務のため快楽のため

栄光のために他者を踏みにじり

薄汚く生き残っているクズ共だ


だから

こんな血なまぐさい話をしても

誰ひとり責め立てるものは居ないし


教えや救いや倫理を

説く聖人も存在しない


私たちはこうして

互いの傷を舐め合い

励まし合い褒めたたえ


そして


元の世界に戻って再び

戦いの日常を送るのだ


「——ってことで俺ァ

またしても死に損なって

ここに居るって訳だな!」


ブーイングの嵐

冷やかす誰かの声

地面を笑い転げる者


そんな空気の中で


「……は、はい!」


天高く届けよと

突き上げられた手のひら


「おう!どうした少年!」

「ぼ、いや俺も話します!」


彼だ


彼が手を挙げている


「よし、話してごらん

ボクが聞いてあげよう」


「う、うん……えっと

今回の俺の戦いは——」


そこから先のお話は


無理して一人称を変えたり

わざと勇ましく振舞ってみたり


どうにかしてボクの気を引きたい

彼の気持ちがよく現れたモノだった


たぶん


話を聞いている間のボクは

とてもだらしない表情を

してしまっていたと思う……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


楽しい時間は矢のようにすぎ

`ひとときの休息`を終えた彼らは


1人、また1人と

己が務めへと帰還していき


残されたのは私と

変わらずそこにあり続ける店主と


「……また、会えますか」


この可愛らしい少年だけだった。


今にも泣きそうで

崩れそうな彼の頬を

指でそっとなぞってゆく


「キミが罪を重ね地獄を乗り越え

そしてボクが試練を超えたならきっと


うん、きっとまた会えるさ

何せそれが今のボクの目標……


いや、生きる希望なのだから」


ついに堪え切れなくなった涙

ボクはそれを拭ってやる。


嗚咽に邪魔されながらも

必死に堪えながら彼は


息を整えてゆっくりと

言葉を口にし始めた


「それは、俺も……」

「待った」


「今はボクしか居ないんだ


男らしく振る舞う必要はない

取り繕うことは無いんだよ」


「……うん、分かった」


既に涙に濡れて

男らしさの欠片も無い

彼の表情は途端に緩み初める。


「僕にとっては、あの

狂いきった世界の中を


それでもまだ生きようと思えるのは

……あなたが居るからだったんです」


崩れきった口調は

年相応のものとなり


全く無関係の第三者からは

彼が武器をとって戦う人間には

とても見えはしないだろう。


「うん」


穏やかな相槌を打つ

キミの話を聞いているよと

そういう意思表示だ。


「あなたがそこの扉を蹴り飛ばして

やって来たあの日以来、ずっと

あなたは僕の生きる希望でした」


もちろん知っているとも

だってそれはボクの方も

同じだったのだから。


「……本当はもっと早くに

伝えるつもりだったんだけど

どうしても勇気が出なくて


もし、これを伝えてしまったら

もう二度と会えなくなる気がして


今まで言えなかったんです」


ああ


キミの気持ちはよく分かるとも

理解できる、想像する事が出来る。


「でも」


「僕はまた会いに来ます

どれだけの屍を積み上げても

必ずまた、この最果てに至ります


……だから、もし次

会うことが出来たなら」


「手でも繋ぎながら、2人で

戦い以外の話でもしましょう」


話はこれで全てだ、満足した

という表情で胸を張っている彼


一方ボクの方はと言うと


「……随分と……ド直球なんだね」


あまりにもドストレート

包み隠さずにも程がある

真正面から過ぎる愛の告白に

軽く目眩がするほど打ちのめされていた。


まさか


さんざん蹴り壊してきた

扉のバチが当たったと言うのか?


「……えっと」


まずい、言葉が詰まる

どう返していいか分からない

せっかく勇気を出してくれたのに

コレでは呆れられてしまうだろうか


と不安になり

いつの間にか床に向いていた

自分の視線を、彼へと戻す。


すると


「……」


同じように真っ赤に黙りこくって

撃沈している彼の姿があった。


沈黙


沈黙


静寂沈黙無言


そうこうしているうちに


「あ、ああっ!?やばい!

僕、あのっ!そ、そろそろ時間


ああ、でも告白の答え

どうしよう時間が無い……あ


僕あなたのこと愛し——」


嵐のように喋り倒した後

彼の姿はまるで煙のように消え

最後のセリフは言いきれなかった。


帰還してしまったのだろう


「は、ははは……情けない

照れちゃって何も言えなかった」


「15歳のガキ同士みてえな

甘ったるい純情ラブストーリー

繰り広げやがって、てめぇこの野郎」


背後から店主の講義の声が

ナイフのように突き刺さる。


「うるさいな!初めてなんだ!

あんな綺麗な気持ち向けてくる男は!

流石のボクだって……戸惑うんだよ」


「……なんだお前その顔

まるっきり女じゃねえか」


「ボクは女さ」


「いいや違うね

俺が言いたいのはそうじゃなく


まるっきり女にされちまったな

あの男によ……っていう意味だ」


「そのようだね……っと


どうやら、そろそろボクも

戻らなくてはいけないようだ」


「そうかい、そりゃ良かった」

「おや、薄情なんだねキミは」


「そりゃあな

静かになるんだ

嬉しいに決まってる」


「……惜しいね

泣きそうな顔さえ

してなければ100点なのに」


「黙れ」


また


店中に響き渡るぐらいに

わざとらしく笑ってやる。


「じゃあね」

「……また来いよ」


「うん」

「おう」


そのやり取りを最後に

ボクはその世界から消えた


いやそれは正しくない

元の世界に帰るのだから

あそこはボクの居場所じゃない


あれはただ

ほんの数分だけ見る

昼下がりの夢のようなもの


いくら手を伸ばしても

掴めやしない風船のように


儚くて

遠くて

切ない思い出……


いや


「ちょっと美化しすぎかな」


鼻につくは血の匂い

ボクが殺し尽くした人々


積み重なった死、死、死

赤く染った自分の獲物


こんな地獄にありながら

ボクはたった1人で笑うのだ


傍から見ればそれは

気が狂った人殺しだが


その実


ボクが笑った理由は

たぶん幸せそうな表情で

愛おしそうに笑った理由は


`僕はあなたを愛し`

最後の最後で締まらない

彼の言葉を思い出しての事だった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


そこは


最果ての酒場


相も変わらず下品で

下らない話ばかりの

血なまぐさいその酒場は


ある日またしても


まるで隕石でも落ちきたかのような

この世の終わりのような轟音が

鳴り響いたのだと言う——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最果ての酒場へようこそ ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ