第7話 たとえ、どんなに辛い選択肢でも
「みんな……わかったよ」
シャロールは目を開けて、小さく呟いた。
「な、なんとおっしゃって?」
「殺してって……」
「……え?」
あたりの空気が凍りつく。
姫様の顔が一瞬引きつった。
「もう人間には戻れない。それなら、早く殺してくれ……だって」
「……」
話し終えたのに、誰も何も言わない。
嫌な沈黙が流れ続ける。
「……シャロール」
佐藤はシャロールの肩に優しく手を置いた。
「ありがとう。彼の気持ちを聞いてくれて」
「でも……!」
なにか言おうとして、しかし言葉が見つからなくて詰まるシャロール。
「シャロール、それは彼の願いなんだろ? 聞いてあげなきゃいけないよ。たとえ、どんなに辛い選択肢でも」
「……うぅ」
シャロールは耐えきれずに泣き出してしまった。
勇者は、そんな彼女を優しく抱きしめて、後ろで固まっていたフィールーンに一言告げた。
「お姫様、彼女を……頼みます」
「は、はい……」
佐藤は―本当はシャロールが心配でたまらないのに今はやらなければいけないことがあるので―前を向いた。
「セイル、聞こえてたかな?」
「あぁ」
「それじゃあ……やってくれ。彼を、苦しみから解放してあげよう」
「了解だ。安らかに眠るんだぜ!」
セイルは抑えていたロープを離し、空中に飛び上がる。
背中の斧を手に持ち、力を込める。
そのまま急降下。
「いくぜー!」
「……安らかな眠りにつけますように」
勇者の祈りの言葉で、激しい戦いは終わった。
―――――――――
一転して、ここははじまりの街ケスカロールのとある一軒家。
「本来二つの世界が交わることはないんだ。だけど、僕たちの世界はちょっと不安定で、たまに他の世界のものを連れてきてしまうんだ」
「そ、それで、あの竜人が来たのですね」
「そうなんです。でも、その世界のものにはその世界のものしか干渉できないっていう原則があってね」
「攻撃できなかったのか」
「だから、申し訳ないんだけど、君たちを僕のスキルで呼ばせてもらったんだ」
「ゆ、勇者様はすごいですね!」
テーブルから身を乗り出す姫様は、勇者を目の前にしてテンションマックスだ。
「いやいや、そんなことないよ。……僕がもっとしっかりしていれば、シャロールを傷つけずにすんだんだし」
ちらりと、隣を見る佐藤。
シャロールはあれきり黙っている。
相当ショックだったのだろう。
「しゃ、シャロールさん!」
お姫様は、そんな彼女に向き合う。
「なんですか?」
「私は、王女としてはまだまだです。引きこもっていたので、民の声もあまり聞いてきませんでした。だから、シャロールさんはすごいと思います!」
「私が?」
「はい! 私勇者様から聞きました。シャロールさんは、人のみならず、この世界に住まうあらゆる生きとし生けるものの声を聞くことができると!」
「……」
「あなたのような素敵な人がいるからこそ、世界の平和が保たれるんですよ! だから、どうか悲しまないでください!」
シャロールは、突然の賛辞に驚いたようで、キョトンとしている。
すると、隣から彼も話しかけてきた。
「シャロール。僕も姫様と同じことをいつも思ってるよ」
「佐藤……」
「ときには、辛いこともある。だけどそれは、明日に繋がる糧になるんだ。だからほら、泣かないで?」
―――――――――
シャロールが元気を取り戻し、しばらくお茶会をしたあと。
みんなは、再び草原に来た。
セイルとフィールーン、佐藤とシャロールで分かれる。
「二人とも、準備はいいかな?」
「……大丈夫だ」
「はい!」
お別れの時間だ。
「僕が「二人は元の世界に帰らない」と言ったら、帰れるからね」
帰りも彼のスキルでだ。
佐藤がスキルを発動させようと、セリフを言いかけた。
「二人は……」
「待って!」
「シャロール?」
慌てて呼び止めた彼女は、なにか言いたいことがあるようだ。
「今日は本当にありがとうございました! 私たちの世界を救ってくれて!」
「……当然のことをしたまでだ」
無愛想に告げる木こりの青年だが、どこか嬉しそうにも見えた。
「僕からも、改めてお礼をさせてもらうよ。ありがとう、二人とも」
「こちらこそ、貴重な経験をさせてもらいました! ありがとうございました!」
彼女は、この出来事をずっと忘れないだろう。
なにせ憧れの勇者との出会いなのだから。
「じゃあ、お別れだ。シャロール、一緒に言うか?」
「うん!」
「「二人は元の世界に帰らない!!」」
息ぴったりに、宣言される。
その瞬間、異世界から来た二人は煙のように消えてしまった。
「行っちゃったな……」
「うん……」
「平和な世界、作れるといいな」
「作れるよ! あの二人なら!」
二人は顔を見合わせて、微笑んだ。
(おしまい)
異世界転移しています! ー不器用木こりとひきこもり姫にゲームの世界は救えるかー 砂漠の使徒 @461kuma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます