あの階段でキミを待ってる
ハヤシダノリカズ
あの階段でキミを待ってる
左の間仕切りの向こうからツェッペリンの【天国への階段】が流れて来た。左翼砲手のマイクはいつも、帰投の際に時代遅れのラジカセでこの曲をかける。
「リー、知ってるか? オレ達のドローンは現地でピンクデビルって呼ばれているらしいぜ」右の間仕切りの向こうからオレに話しかけてきたのは右翼砲手のアンガスだ。「あぁ。知ってる。敵の目を引き付ける事もオレ達の任務とは言え、湖に映ったオレ達のドローンを見た時はビックリしたぜ。空に浮かぶ大型ヘリコプタータイプの戦闘ドローンがあんなショッキングピンクとはな。そりゃ、そんな通り名も付くだろうよ」オレは苦笑しながら答える。
「へー。ピンクデビル、ね。そうか。それなら、今日はチームピンクデビルで飲みに行かないか?」ジミー・ペイジのギターの音色と共に左からマイクの声が聞こえてくる。二人とも呑気なものだ。弾薬の切れたドローンの砲手に出来る事などほぼないとは言え、前線基地に無事にドローンを着陸させるまで気の抜けないオレにはお構いなしだ。
「いいね。行こうぜ、リー」とアンガスは言ったが、「スマンな。今日はこの後、デートなんだ」とオレは彼らの誘いを蹴る。「なんだよー」「先約ありかー。それは仕方ないな」前線から遥か遠いオレ達のオペレーションルームはいつも通り、平和だ。
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「お待たせ!」フェイはそう言って最高の笑顔で近づいてくる。ブロンドの髪が早歩きの歩調で揺れている。「全然待ってなどいないさ。まぁ、待ったとしても、ここからの風景を眺めていれば、まるで苦にならないさ」フェイとの待ち合わせはいつもこの広場の階段の中ほどにある噴水の前だ。「いい待ち合わせ場所でしょ?ここ。私、大好きなの。この公園の、この階段と、この噴水」フェイはオレの左肘に触れながら、眼下の街並みと遠くに見える海に目を向けてそう言った。
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「これはなんという料理なんだい?」オレはフェイに尋ねる。豊潤でスパイシーな鶏肉料理だ。とても美味い。「これはね、私の母国ではなんて事のない料理なのよ。立派な料理名なんてあるのかしら。でも、美味しそうに食べてくれて良かった。私の弟も大好きなのよ、これ」
いくつかのマーケットを一緒に巡り、食材を揃えて、今日はフェイを初めてオレの部屋に招いた。生活感の無い、モノの少ないオレの部屋に驚いたのか、フェイはオレの部屋に入った時からずっとキョロキョロと落ち着かない様子だったが、美味しい手料理を振る舞ってくれた。
『今の仕事を辞めて、まとまった金が手に入ったら、もっと【生活してる!】って感じの部屋に移るから、その時には結婚してくれないか』……そんな言葉が頭に浮かんだが、安全地帯からゲームをするかの如く人を殺すドローンパイロットだなんてオレの
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「またね」フェイはそう言って帰った。オレの部屋には普通の生活感がまるでない。ムードもなにもあったものではないのだろう。仄かに期待していたフェイとの甘い夜は、もう少し先の話になりそうだ。まぁ、焦る事などないさ。オレには金も時間も安全もある。
立場的にはギーク或いはナードの傭兵でしかないのだけど。
それは、やっぱり誇りにくい仕事で、誇りにくい生き様なんだけど。
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浅い眠りの中で、オレは虫の羽音のような音を聞いている。照明を落としたオレの部屋は暗い。室温は快適だが、今日はやけに眠りが細切れだ。さっきの羽音は針を持った虫なのだろうか。脛の辺りにチクリとした痛みが走る。
その痛みのすぐ後に「リー、聞こえる?」と声がした。とても小さい声だが幻聴ではない。フェイの声だ。「フェイ? フェイか。どうしたんだ。戻って来たのか」オレはフェイの声に応える。
「リー。今日はお別れを言いに来たの」小さな小さなフェイの声が唐突にオレにそう告げる。「なんだって。どういう事だ。そして、フェイ、キミはどこ?」暗い部屋にフェイの気配はない。しかし、声はする。
「ピンクデビルのパイロット、リー。私の作ったチキンコルマを美味しいと言ってくれてありがとう」
「なんだと、まさか」
「そう。あなたは大型ドローンのパイロット。チキンコルマが大好きだった私の弟はあなたに殺されたわ。そして、私はマイクロドローンのパイロット。あなたが毎日蹂躙してくれている国の、ね」
「毒、か」
「そうよ。あと数分であなたは死ぬわ」
「そうか。でも、キミに殺されるのなら悪くない」
「私も人殺しのドローンパイロット、いずれ、私も地獄に行くわ」
「待ち合わせのあの階段、幸せな時間だった。死んだ後に地獄への階段があるとするなら、オレはそこでキミを待つ」
階段を跳ねるように近づいてくるフェイをオレは思い浮かべる。
『またね』
オレとフェイは確かに同時にそう言った、ハズだ。
あの階段でキミを待ってる ハヤシダノリカズ @norikyo
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