1-7.業火と、惨劇と
わたしたちを待っていたのは、炎に包まれたムルト村だった。
生き物のようにうねる火が、わたしにとっても慣れ親しんだ風景を消し炭に変えていく。
見慣れた家、畑、家畜――それらが焼け崩れていく様は、炎への本能的な恐怖を喚び起こした。
「くっ……なんでこんな……!」
『ザイン、あれを』
わたしが示した先には、戦いの痕跡があった。
炎だけではない破壊の跡に、倒れ伏すヒト。その数は決して少なくない。
「ヒトだけじゃない」
ザインの表情は、いつの間にか戦士のそれになっていた。冷静に現状を分析し、周囲を警戒している。
あたりを見回しながらゆっくりと近づき、ザインは遺体をあらためた。
「レム・ルシッドの隊員に、小型から中型のアダマンデ……しかし妙だ」
『生存者はいないようですが』
レム・ルシッドの隊員は、一様に喉を割られていた。
鋭利な何かによる斬撃は、明らかにヒト以上の力によるものだ。これがアダマンデによる所業であるのは、想像に難くない。
一方で、生命活動を停止しているアダマンデ――コウモリやトカゲに似た姿をしている――の中には、そのような斬撃を行える機構を持つものはいなかった。
「ラサ、わかるか?」
『いいえ……ですが、村の中心から強い気配を感じます』
「大型か?」
『もっとなにか、異質な……』
背筋が寒くなるような気配が満ちていた。ただのアダマンデではない。明確に意志を持った存在を感じる。
最悪の事態が脳裏をよぎった。ジゼルは、ルカは無事だろうか?
「とにかく、生存者を……」
『待ってくださいザイン、なにかが来ます』
「……誰だ!?」
ザインはわたしを庇うように振り返ると、茂みの中に目を向ける。
薄暗い藪から出てきたのは、わたしもよく知っている面々だった。
「ザイン……ラサ……?」
「良かった、無事だったのですか……!!」
安堵した表情のエミルと、彼女に支えられてなんとか立っている様子のジゼル。
憔悴した様子ではあるが、二人とも大きな負傷はなさそうだ。
「っ……ジゼル!!」
「ザイン……うっ……わぁあああ」
ザインが駆け寄ると、ジゼルはせきを切ったように泣きだした。
このような状況で、どれほど不安だったろう。心細かったことだろう。
気付けばわたしも寄り添い、彼女の肩に手を当てていた。
「エミル、状況を教えてくれ。なにが起きたんだ」
ジゼルをなだめながら、ザインは問いかける。
「……申し訳ありません」
エミルが話した内容は、耳を疑うものだった。
突如、ムルト村にアダマンデの大群が飛来し、デルマンはその迎撃にあたった。
しかしその戦力が自軍を遥かに上回ると見るや、激しく狼狽し、ムルト村の放棄を指示したのだ。
「あの男は、村民を犠牲にする作戦を立てたのです」
デルマンの作戦は、学校を拠点にムルト村周辺の高所に火器部隊を分散し、アダマンデを村内に誘い込む形で一網打尽にしようというものだ。
高台にある学校からは、ムルト村の様子がよくわかる。地の利を活かした作戦であった。
「馬鹿げている……!! そんな作戦に隊は従ったのか!?」
エミルによれば、非道な作戦でも支持する者が多数派だったという。
デルマンが率いてきたのは、ほとんどが実戦経験の少ない本部隊員で、自らの保身を優先したのだ。
「せめて村民を避難させてから、と。それで私と少数の隊員で村へ向かったのですが……」
そこでエミルは言葉を濁した。
その先を代弁したのは、他でもない当事者ーージゼルだ。
「急にレム・ルシッドのヒトたちが外に出るなって。あたしは、お母さんがザインを呼んできてって、裏から出してくれて」
わたしとザインがアーケンの元へ向かう前、ジゼルたちは駐留所に集まっていた。
彼女らはあそこに閉じ込められたのだ。文字通りの餌として。
「あたし、聞いちゃったの。アダマンデは子供によく食いつくって、時間稼ぎになるって」
ザインが歯を食いしばる。
「黒い影がたくさん、みんなの方に行って、そしたら大きな音がして、火が……」
「もういい。辛かったのによく話してくれた」
ザインはジゼルを強く抱きしめた。くぐもった嗚咽が静かに聞こえる。
「助けられた村民は、一割にも満たないです」
村民はおろか、エミルら隊員もいる中への集中砲火。
これではアダマンデによって命を奪われた人数と、デルマンの指揮で殺された人数、どちらが多いか分からない。
「ねえ、レム・ルシッドはどうしてこんなことするの? ザインも、こんなことをしてきたの?」
ジゼルに不安そうな目で見上げられ、ザインもエミルも口をつぐんでしまった。
『ザイン、これは』
襲来したアダマンデがどの程度の規模だったのかは、推測しかできない。
ただ、デルマンたちの部隊を大きく上回る戦力である以上、これは有効な作戦だろう。
戦闘要員となり得ない子供を利用し、最少のコストで最大のダメージを与えることができる。
『合理的な作戦、ですね』
「合理的?」
ジゼルに寄り添いながら、わたしは作戦を冷静に分析し、評価していた。そこに感情が介在する余地は無い。
「ああ、合理的だ。全く合理的な作戦だよ」
ザインの声音から、感情が消えていく。
怒りとも、悲しみともしれないそれは、鉄の塊をわたしに連想させた。
『だからといって、こんなことを……』
レム・ルシッドという組織は、ヒトを守るためのものではなかったのだろうか?
『ヒトとは、目的のために手段を選ばない生物なのですか』
ならば、ヒトとアダマンデの間にどれほどの差があるというのだろう。
わたしの問いを、ザインがどう受け止めたのかはわからない。立ち上がったザインの瞳は、これまでに見たことのない鈍い光をたたえていた。
「あの、ザイン」
「行こう」
なにか言いかけたエミルを遮り、ジゼルの手を引いてザインは歩き出す。
『ザイン――』
なにが待つかもわからない状況で、合理的に考えるならジゼルをここに置いて行動するべきだ。
守りながら戦うといった非効率的なことをしなくてもいいし、うまくいけば敵を二手に分かれさせることもできる。
だが、それでもーー
『わたしは、あなたを支持します』
合理的な判断を否定することになっても、わたしはザインの選択を尊重したかった。
◆ ◆ ◆
ムルト村の中心に近づくにつれて、破壊の痕跡は激しいものになっていく。
見知った顔のヒトが炎に包まれているのは、見るに堪えない。時折ザインは足を止めて、耐えるように身を震わせた。
薬師、義足を作ってくれた職人、若い夫婦――今朝までは普通に生きていたヒトたちが、物言わぬ屍となって火に焼かれている。
ザインはジゼルの視界をなるべく遮るようにして、一言も喋らず歩を進めていた。
「あれは……!?」
駐留所があったところには、巨大な“滅びの種子”があった。不気味に脈動するそれは、羽化を待つ繭のようにも見える。
“滅びの種子”は施設全体を覆うよう形成されており、中の様子はわからない。
『気配の元は、この中心からです』
「このサイズ……下手をすれば大尖角以上か」
ザインは息を呑んだ。
「嘘、お母さん、みんな!」
「ジゼル!」
滅びの種子に駆け寄ろうとするジゼルを、ザインは腕を掴んで引き止める。
「離してっ!」
「駄目だ。まずは状況を確認するんだ」
「でもっ……」
ジゼルの腕を離さないまま、ザインは首を横に振る。
有無を言わせない態度に、ジゼルは少し落ち着きを取り戻したようだ。
「エミル、この滅びの種子についてわかっていることを教えてくれ」
「ここには、相当数のアダマンデが集中していました。そこに第一射が集中砲火されたのですが……」
爆煙が消えたとき、そこにはすでに滅びの種子があったのだという。
「防御反応、ということなのか?」
「わかりません。ですがザイン、まだ弾薬は残っているはずです」
つまり、ムルト村への第二射を控えているということだ。
「ここは私が。あなた達は早く避難を」
エミルは努めて気丈に振る舞うと、わたしたちをうながした。
あるいは作戦を止めきれなかった自責から出た言葉なのかもしれない。
「いや……エミルはジゼルとラサを頼む」
「ザイン!?」
「おれはここに残る」
ザインの選択に迷いはない。もちろん、村の安全を預かる者としての責任感もあるだろう。
でも自棄ではない。彼にとってはこれが当然であり、最善なのだ。
「おれ一人なら、たとえ弾薬の雨が降ろうと生き残れる」
「ですが!」
「この“滅びの種子”はなにか嫌な感じがする。ここで叩くべきだ」
自らをないがしろにする行為だと、エミルは非難する。それでも当の本人は、あっけらかんとした反応だった。
「安心してくれ。みすみす死ぬつもりはないし、そんなことは起こらない」
「おれの直感は当たるんだ――ですか?」
伏し目がちなエミルに向かって、ザインはわずかに笑みを浮かべてうなずいた。
メリアスの足 枯葉野 晴日 @karehano_hareka
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