「……間違いないです。顔はこの通り原型を留めていませんが、確かに彼です」

 源三は余りにも凄まじい光景に顔を顰めながら答えた。

「しかし、これは一体どういうことでしょうね?」

 役人の一人が沈痛な面持ちで言う。弥一の家の居間で、数人の村人たちが集まって話をしていた。村長と村の役人たち、そして源三と華。誰もが、余りの惨状に目を背けていた。

 この日、弥一は自宅の居間で変死体として発見された。第一発見者は彼に会いに来た華だった。彼女が訪れたときには、弥一は座敷の真ん中で横たわり、既に息絶えていた。

 頭部が原型を留めないほどに砕けた血だらけの状態で、それ以外に特に外傷は見られなかった。それはまるで与一が死体で発見されたときの状態と似ていた。すぐ傍に血のついた燭台が転がっており、凶器であると思われた。しかし、不思議なのは犯人の形跡がないこと、誰かと取っ組み合った様子が感じられず、他殺の可能性は考えづらいということだった。弥一の指には燭台を握っていたような形跡があり、役人たちは自分で自分の頭を叩きつけたのではないかと推測した。しかし、このような行動を起こした経緯が誰にも説明出来なかった。

 そして、居間の粉々に割れた鏡。これも、何故このような状態になっていたのか全く不明であった。

「あいつ……弟の与一が死んで、相当落ち込んでいたみたいなんです。ふらふらと外を歩いてたし、俺が様子を見に来た時も、顔色が冴えなかった」

 源三が言った。

「では、弟の後を追って、自殺を――?」

 村の役人の一人が口を開く。

「いや、この異様な状況……自殺とは思えん。それに、この死に姿……まるで与一の時と同じようだ。きっと山神様の仕業じゃろう。彼も、山神様の気に触ってしまったのかもしれんのう」

 村長が沈んだ声で呟いた。

「もしかしたら、山神様に祟られた与一が、弥一をも冥の国へ連れて行ってしまったのかもしれないな……」

 源三が虚空を見つめて、呟くように言った。

「……華? 大丈夫か?」

 源三が振り返って、源三の後ろに隠れるようにして立っていた華に問う。

 華は恋人であった与一に続き、弥一の死体まで見てしまったのだ。凄惨な死体を見た動揺と、幼なじみとして育ってきた二人を続けて亡くしてしまった華の精神的打撃は、計り知れないものだろう。華は何も言わずに、源三の腕を掴んで俯いていた。

 後の処理は役人たちが行うということなので、源三と華は弥一の家を出た。二人はぽつぽつと話をしながら帰宅する。

「弥一まで後を追うように死んじゃうとはな……」

 源三が沈痛な面持ちで言う。

「……やっぱり山神様は存在いるのよ」

 華がぽつりと呟いた。

「ここでは、双子は一方を間引くのが慣習でしょ? でも、山神様は彼らが双子として生きることを赦した。一緒に生きることを赦された二人は、死ぬのも一緒じゃなければ駄目なのよ」

 華は能面のような表情の無い顔でそう言った。

「そうなのかもしれんな……」

 源三も静かにそう答えた。

 分かれ道まで来ると、源三は言った。

「家まで送ろうか?」

「平気。近いもの。有難う」

 華は答えた。

「じゃあ、気をつけてな。気を落とすなって言っても無理かもしれんが、あんまり思い詰めるなよ」

「ええ……」

 華は短く答えた。

 源三と別れ、源三が帰路への道を歩むのを、華はその場でじっと見送っていた。

 突如吹いた風が、華の黒髪を揺らす。華は、手で髪を押さえた。何時の間にか、空は朱く染まっていた。


* * *


「山神様、山神様、山神様。私の恨み言を聞き入れて下さって、有難う御座います」

 山神の祠の前でしゃがみ込み、その女性は、手を合わせて拝んだ。

「これで、あの人も浮かばれたと思います。あの人と同じ目にあったんですから。あの人ったら、死後の世界で兄に会えて喜んでるんじゃないかしら。本当にお人好しだから……。……私、なんとなく思っていたんです。あの人を殺したのは、兄の弥一じゃないかって。女の勘ってヤツかしら? でも、あの人が死んだ直後に新しくなった畳……なんだか変でしょ? 人が死んだ直後に急に畳を変えるなんて、ね。悲しみに暮れて、伏せた目で気付いてしまったの。私があの人の死ぬ前日に家で会った時は古い畳だったもの。もしかしたら、あの畳の下には何か隠されているのかもしれないわね。ふふふ……。ねぇ、山神様? 山神様が私の恨み言を聞き入れてくれたということは、案外、私の思い込みってことでもないんじゃなくて?」

 祠の前の女性――華は、話を続けた。

「あの人ね、私に話してくれたの。生まれた時から、兄とは不思議な絆で繋がっていたって。山神様から存在を赦された特別な兄なんだって。だから、いつになっても一緒でいたい、大切な存在だって。きっと、あの世で喜んでくれているわよね。ね? 山神様……」

 華はゆっくりと立ち上がると、丁寧にお辞儀をした。そして、そっと立ち去っていった。

 山神の祠だけは、何も語ることなく、静かにその場に佇んでいた。


<完>

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山神 空見 青 @aosorami

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