千文字で始まる世界

十余一

千文字で始まる世界

「千文字あったら、いったい何が出来るだろうか」


 目の前に座っていた竹内が突然そんなことを言いだす。手元の課題は先程から一ミリも進んでいない様子だけど、正直俺も少し飽きてきたところだ。


「急にどしたん?」

「よくぞ聞いてくれた山中君。実はね、小説を書いてみようと思っているのだよ」


 古臭いようなよくわからない言い回しで喋る彼を、頬杖をつきながら眺める。この変わり者がいったいどんな話をするのか興味があった。


 彼は意気揚々と聞かれてもいない小説のルールを矢継ぎ早に語る。行頭は一文字あける、感嘆符と疑問符の後ろも一文字あける、鍵括弧の最後に句点は入れない、三点リーダとダッシュは偶数セットで使う……。


「あとは縦書きの明朝体にでもすれば、ぐっと小説っぽさが増す!」


 グラウンドで元気に練習する野球部の声を背景に、尚も続ける。興が乗ってきたようだ。


「縦書きといえば、数字は基本的に漢数字にすべきだ。それからこれは個人的な好みなのだけれど、単語も出来るだけ漢字にすると恰好良い気がする。例えば僕と君の関係ならクラスメイトではなくて級友、君が飲んでいるそれはウィルキンソンではなく炭酸水。曹達水というのも古風でなかなか――」

「でもさ、結局は内容が面白いかどうかじゃない?」


 キリが無いと思って洪水のようにワッと溢れ出る言葉を思いっきり堰き止めた。彼は途中で遮られたことを気にするでもなく、再び口を開く。


「そうだね。物語は起承転結で構成されるし、特に転! 流れをガラリと変える出来事が必要だ」

「確かに、どんでん返しって盛り上がるもんな」

「こういうのはどうだろうか。平凡な学園ものと見せかけて、実は超能力者の高校生が密かに世界を守っている。念力で隕石を粉砕し地球を救うのだけれど、皆はそれを知らずに平和を享受しているんだ」


 「非現実的だけど、夢があって良いかも」と言いかけたところで外から爆発音、次いで野球部が騒ぐ声。窓に近寄ると、空にはいくつもの光の筋が走る。まさか本当に……? 振り向いて竹内の顔を見るが曖昧な笑みを浮かべているだけだった。そして、変わらない調子で物語の続きを紡ぐ。


「孤独な超能力者は級友に秘密を打ち明け、やがて二人は親友になるんだ」

「それ、千文字じゃ完結しないだろ」

「こういう時に使う『とっておきの台詞』を知っているよ」


 彼は自信に満ちた表情で言い放つ。


「僕たちの戦いは、これからだ……!」

「打ち切りエンドじゃん!」

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