成長は、他人の思いも構わず行われる。奪い取られた者も、奪い取った者も。


 我輩は、再び好奇心に屈してしまった。


「なぜ、わかったのだ?」

「まずはその顔だ。まるでひと仕事終え、今日はぐっすり眠るぞと言いたげな満足感が感じられる。続いて、そのビジネスバッグという商談を感じられる入れ物。しかし、服装は黒いパーカーというカジュアルな服装から、個人業であることがわかる。そして、私に話しかけられた際の驚いた顔は、どこか後ろめたさも含まれていた……」


 ……なんだかよくわからないが、観察眼は鋭いというものだろうか?


「それにしても、お兄さん。そろそろ思い出したかね?」

「……」


 我輩はいくらその男性の顔を見ても、男性の求めている解答は出てこなかった。


 男性の持つ新聞紙に目線を落とすと目に入った、ある記事を見て……ようやく思い出した。


「……貴様は、多数の物件を所有する、あの不動産会社の会長であるか?」


 我輩は、マンションから見て右にそびえ立つ……


 そのマンションよりも大きい、ビルを指さした。


「おみごと。おみごとだよ、お兄さん」


 大げさに喜ばれたが、新聞紙の3面に書かれていた記事を見て思いだしたので、なんだか申し訳ない気持ちになった。


「……しかし、そんな大企業の会長がなぜこんなところにいるのだ?」

「こんな私でも、静かに過ごしたいものでね。家族が寝静まった時にここでゆっくり過ごすのだよ」

「……家族が寝静まったのなら、その部屋も静かなのでは?」


 その男性は、恵比寿顔で「まあまあ」と答えた。


 ……どこか、ごまかし笑いのように見えた。


「まあ立ち話もなんだし、横で座らないか? 私はたった今、キミのビジネスに少し興味を持ってね。一緒に語り合おうじゃないか」

「いや、すぐに寝た……」

「そうか! なら私がおごってあげよう! あいにく私は下戸でね。自販機で売っているコーンポタージュでいいか?」


 我輩の話を無視して、その男性は財布を片手に自動販売機に向かって去ってしまった。











 結局、我輩は無視してホテルに向かうこともできずに、その男性の話を聞く羽目になってしまった。


「なるほど! 旅をしながら物を売り歩いているのか。それなら、旅で起きたエピソードとかもあるのですな!」

「……」


 やはり、無視して帰るべきだったのだろうか……一応、変異体相手に物を売っていることは黙っているが。

 しかし、我輩はなんとなく……この男性が気になっている。


「ところでお兄さん、そっちの方から私に聞きたいことはないかね?」

「?」


 突然、話が切り替わったので、言葉が出てこなかった。


「せっかく有名人とこんなに近づいているんだ。聞きたいことは聞かないと損だよ。お兄さん」

「……質問は、なんでもいいのであるか?」


 男性は缶入りのコーンポタージュを一口飲むと、それを横のベンチにおいて新聞紙を構えなおして「もちろんだ」と答えた。




「ならば……なぜ新聞紙を反対に向けている?」




 その言葉に、新聞紙の先はぺらりと折れ曲がった。


 男性と向かい合っている新聞紙の面は、1面と最後のページだった。


 我輩が男性の正体の判断材料とさせてもらった外側のページは、3面だった。

 男性は、新聞紙を反対に持っていたのだった。


「……」

「我輩は商売柄、相手のおかしい箇所は気づくことができるのだが……あいにく、空気や感情を読むのは苦手である。だから、ずっと気になっていた」


 男性の顔から、恵比寿顔が消えていく。


「なんでも聞いていいと言ったということは、答えてくれるのであろう? 我輩はそれを聞かなければ、夜も眠れない」

「……」


 男性はため息をつくと、静かに笑い始めた。


「……この記事、見てみなさい」




 先ほどの記事は、その男性が会社の会長として批判されている記事だった。


 彼のビジネスは少々強引であり、物件を押さえるために手段を選ばない。

 その行為が知れ渡っているものの、法には触れておらず、彼自身も気にしていない様子だ。




「まったく……困った記者さんたちだよ……」


 男性は、空笑いをしていた。


「どうせだったら、極悪非道と書いてほしいね……そうすれば、慣れたのにさあ……変に気遣いやがって……」


 男性の言う通り、記者の質問は当たり障りのないものだった。


「しかし、事実とは違う誹謗中傷ひぼうちゅうしょうが世間に広まるよりはマシなのでは?」

「いんや……こっちの方が事実じゃないね。せめて……あの女性のように、厳しく追及してきてほしかった」

「……あの女性?」




 男性は、ゆっくりと新聞紙を下ろした。




「彼女は……私がある物件を買い取る際に最後まで反対していたひとりだ。ひとり息子を養うための仕事場がその物件だったと気づいた時には、もうすでに買い取ってその従業員をすべて入れ替えてしまった後だ。その後、彼女がどこに行ったのかは……誰も知らない」




 その男性は、「私には関係のないことだがな」と笑った。




 無理やり言葉を探した、精一杯の自虐だった。










 その後、我輩はその男性と別れ、近くのビジネスホテルに泊まった。


 別れ際にもう一度見せた、あの恵比寿顔が、今では作り笑顔であったことを理解している。











「……」


 その翌日、


 部屋の窓から外を見て、我輩は絶句した。




 公園から、巨大な大樹が生えていたのだ。


 あの生えている場所は……噴水があった場所ではないだろうか?


 そういえば、我輩タマゴと思っていたものは……少し平べったいような気がした。


 まるで、タネのように。




 その大樹の枝は、1本だけマンションの窓に突き刺さっていた。




 テレビのニュースをつけると、不動産会社の会長が、枝に刺されて死亡したというニュースが流れてきた。

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商人の我輩、タマゴを噴水に入れる。 オロボ46 @orobo46

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