それは私が浮気をした日
ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン
一生かけて、頑張るのね
「——この後は何処に行こうかな?」
横断歩道に差し掛かった頃
男が私に向かってそう言い
優しく微笑んだ
屈託のない笑顔だと思う
裏表のない綺麗な表情だ。
けれどそれは作り笑い
私に好意的に見られたい為に
無理をしたものであることを
私は気付いている。
「そろそろお昼でも食べたい頃合ね」
「あー……た、たしかにそう言われれば
お腹がすいてきた感じがするね」
なんて分かりやすいんだ
いま完全に私に合わせたでしょう
誤魔化し方も下手なら詰めも甘い
そんなやり方じゃあ逆に
相手に気を使わせることになると
分からないんだろうか?
「……やっぱりもう少し
食事は遅らせようかしら」
「え?あ、そう?……あーうん確かに!
僕もお腹あんまり減ってなかったやっぱり」
呆れた
この短時間で2度も
嘘を重ねるなんて
それじゃさっき言ってたことと
辻褄が合わなくなるじゃない
明らかに不審だし怪しいし
全くもってスマートじゃない
この男はどうも先程から
私の都合に合わせるばかりで
自分の意思というモノが無い。
朝から数時間
この男と一緒にいるが
その間ずっとこの調子だった。
好きな相手に嫌われたくない
という気持ちからの行動な事は
分かるのだが、少し……鬱陶しい。
「立花さん?」
私が黙ったままなので
恐らく不安になったのだろう
心配そうに顔をのぞきこんでくる。
「ごめんなさい
なんでもないわ」
「もしかして疲れちゃった?
どこかで休んでいく?」
「いえ大丈夫」
「そう?なら良いけど」
……それでも
どれだけ鬱陶しくても
優しくはあるんだ。
行き過ぎが目立つとはいえ
気の使える男である事は
間違いないのだから。
もう少し余裕を持てたなら
私好みの男になるのに、勿体ない
「あ!そう言えば!この辺って
たしか新しい店が出来たんだよ!
せっかくだし寄っていく?」
せっかくだし
そうだせ折角なんだから
楽しまないと損じゃないか
わざわざ会社をズル休みしてまで
この男と会っているのだから
「そうしましょうか」
「よし、じゃあ行こっか」
この男と私のデートは
もうしばらく続くのだった……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「じゃあ今日は楽しかった
また、機会があったら遊ぼう」
その言葉には答えない
ただ曖昧な笑みを浮かべて
「……さようなら」
そんな別れの言葉を口にして
背徳感に溢れるデートは
この真夜中にて終わりを迎えた。
バタンと閉められるドアの音
窓から手を振る男の姿
駐車場を出ていく車と
遠ざかっていく走行音
「……はぁ」
そして大きなため息
朝から夜まで遊び歩いたので
多少なりとも疲れているのだろう。
仕事ならいくら残業しても
微塵も疲れなど見せないが
如何せん慣れない相手とのデートは
なんというか
精神的な面で負担となる
街灯の明かりだけが頼りの夜道
ずっと電源を切っていたスマホを
スカートのポケットから取りだす。
「どうせ見なくても分かるけど
さぞ、通知がやかましいんでしょうね」
うんざりしながらも
観念したように電源を付ける
迅速に起動されていく画面
ロゴが出て、パスワードの
入力画面が出て、入れようとして
そこで
鳴り響く着信音と共に
画面に表示された名前は「バカ」
私は少し迷ったあと
仕方なく
右の緑の方のボタンを押して
素早くスピーカーに切り替え
十分にスマホを離し
音量を下げてから
電話に出た
「……もしもし」
「お前ぇぇぇぇ!!!!」
キーン
はい予想通り
もしあのまま携帯を耳に
当てていたら私の鼓膜は
破裂していただろう。
長い付き合いだ
彼が何をするかなんて
全くのお見通しだった。
「あなた、うるさいわよ」
「あ……すまん……いや!そうじゃねえ!
お前今まで何処に行ってたんだ!?!?」
うるさい
これだけ離してても
音量を下げまくっていても尚
うるさいだなんて、信じられない。
「電話も出ねえ、連絡もねえ
会社にも行ってねぇ、既読もつかねえ!
どこに行ってたんだよお前!」
「なにって、夜帰りなのよ?
そんなの浮気してたに決まっ——」
ガタン!バタンドッカン
ガッシャーン!!
と、ありえない音が
ありえない音質で鳴り響く
一体なんなの、今の音
いきなり爆発でもしたのか
ハリウッド映画のような
激しい効果音が聞こえたあと
途端に静かになった電話の向こう側
ただの一言も発しやしない
これは、ひょっとして……
「……死んだの?」
「……死んでる」
「生きてるじゃない」
「違う死んでるんだ」
「分かったわよ、で
なんの用なの腐った死人さん」
「勝手に腐らすなアホ
いや、なんの用ってそりゃ
……何してんのかなって気になって」
「何をしてたって、だからそれはうわ」
「あー!やめろ言うな!もう聞いた!」
わざとらしく声を上げて
喋らせまいとしてくるが
その声、少し近所迷惑だ
この辺は住宅地帯なんだから
もう少し静かにして欲しい。
「……」
「……」
しばらく無言が続いた後
彼の方から話を切り出した。
「……なんで浮気なんてした」
そこをあえて聞いてくるのが
彼の良いところであり悪い所だ
空気の読めなさ、それが
彼の大きな武器だった。
だったら
全て答えてやろう
そんなに聞きたいというのなら
洗いざらい喋ってやろう。
「そうね、色々理由はあるわ
最近冷たかったとか
会う時間が減ったとか
セックスの仕方が下手とか
あとは……あと……は……」
話しながら
ようやくアパートの前に到着した
私の足は、不意に止まることになる
何故か
一刻も早く部屋に戻って
服を着替えシャワーを
浴びたいと思っていたのに
何故か
それは
「……よう」
「……遥」
ズタボロの姿で
玄関口に座り込んでいる
彼……私の彼氏の姿があったからだ。
「なんでそんなにボロボロなのかしら」
「そこの歩道橋から転げ落ちた」
「え、あの高さを……?」
「そんなのどーでもいいんだよ
この浮気女、俺を部屋にあげろ」
どうでも良くはないだろう
頭とか腕とか血が出てるし
あちこち擦りむいてるし
服もボロボロだし
「いつから待ってたのそれ」
「しらん、朝からだ」
「朝からって……
あなた仕事はどうしたの」
「しらん、今日は休日だ」
ダメだ、遥がこうなったら
もうテコでも動かない
ここで放置してもどうせ
無理やり着いて来るか
朝までここに居るかだ。
諦めよう
「わかったわ
上がっていきなさい」
「……ありがとう」
不服そうにお礼を言う
彼の姿はどこか、子供っぽくて
ほんの少しだけ面白かった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「いでっ、おいやっぱ
消毒なんて要らね……いでっ」
「良いわけないでしょ
雑菌まみれなのよ?外は
ちゃんと消毒しておかないと
手とか足とか無くなっちゃうわよ」
「え……マジで?」
「マジよ」
それっきり彼の抵抗は止んだ
まるで置物のようにピタッと
正座して、なすがままになっている。
純粋というかバカというか
言葉通り受け取りすぎるというか
疑うことをしないというか
「はい、出来たわ
しばらくお風呂は染みるかもね」
「大丈夫だ安心しろ
俺には秘策がある」
絶対ろくなものでは無い
というのは分かるがあえて
そう、あえて聞いてやろう
「その秘策って?」
「ガムテープでも貼っとけば
水も泡もかかんなくて痛くない」
「……剥がす時に痛いんじゃない?」
「……はっ!そうか!!ダメじゃねーか!」
頭が痛い
頭痛がする
あと頭が痛い
軽い目眩を覚えつつ
あえてコメントをせず
淡々と救急箱を棚に仕舞う
深く考えては行けない
気にするなと言い聞かせる
……落ち着いてきた。
「で、だ」
スっと佇まいを正し
こちらに向き直る遥
「さっきの話まだ終わってないよな?」
「あら、さっきの話って何かしら」
「とぼけんな立花
お前の浮気の話だ
今まで何処で何してた」
「あなたにはか」
「カンケーなくねぇ」
「踏み」
「踏み込まなかったら
それはそれでお前は怒る」
「……」
言うこと全て先回りされてしまった
さすがは、無駄に長い間
私と一緒にいるだけはある。
「別に、よくある事でしょう
たまには別の男と遊びたくなるものよ」
心の中では普通だったのに
いざこうして口に出してみると
なんとも、見苦しい言い訳じみている。
「俺よりソイツの方が良かったのかよ」
「……どうでしょうね」
つい誤魔化してしまう
それは後ろめたさからか
はたまた別の何かからなのか
私には分からなかった。
「俺のことが嫌いか?」
なんて直接的なやつ
もう少し気を使ったり
遠回りしたり出来ないのか
直球にも程がある
逃げ道が無さすぎる
いや、それはきっと私が
こういう時なかなか本音を
言わないのを知ってのことか
「逃がす気は無いってことね」
「当たり前だろ、早くこたえろ」
彼はまっすぐ私の目を見据える
まっすぐ、何処までもまっすぐに
まるで奥底を見透かされているようで
彼の目はとても透き通っていて綺麗で
自分が酷く汚いものに思える。
だから
だからそんな遥に
私は嘘を付けない。
「好きよ、あなたの事は」
「じゃあなんで……!!」
「分からなくなったのよ」
1度大きく深呼吸をして
打ち明けるべきではない
心の内を、さらけ出す。
「あなたの事は間違いなく好き
だけど、長く一緒に居すぎると
だんだん分からなくなるの
本当に大切なものが何なのか
私の、遥に対する気持ちが
唯一無二のモノなのかが
だから
他の誰かを使って
確かめようとしたの」
浅ましくておぞましい
独りよがりで穢らわしい
そんな私の内面を、打ち明けた
それで
心が少し軽くなった
気がしていることが
自分で気に食わない。
「確かめられたのかよ、それで」
「そうね、結果は大体得られたわ」
今日のデートはそう
全体的につまらなかった
相手は私に気を使っていたし
優しかったし、素敵だったけれど
私はそこに何の気持ちも抱かなかった
むしろ
嫌がってすらいたのだから。
結果だけ見れば
私の遥に対する気持ちは
特別なものだと再認識できたと言える。
「だったら、良い
お前が俺を好きなら良い
それさえあれば、俺は満足だ」
「え……?」
「な、なんだその顔
お前そんな顔するキャラかよ」
一体どんな顔をしているのか
非常に気になるが
今はそれどころじゃない
こいつ今なんて言った?
私の耳かおかしかったのか?
いや、確かに聞いた
事もあろうにコイツは
´満足だ´なんて言ったんだ
分からない、理解できない
「あなた私の言ったこと分かってる?
浮気をしたと言ったのよ?しかもそれを
自分の都合のいい用に
言い訳して、正当化して」
「それがどーしたってんだよ
そんなもん、俺には関係ねぇ
ていうか難しくて理解できねぇ
だからそんなもん、どうでも良い
俺が大事なのはお前だけだ
お前が俺のとこにいるなら
それで良いんだよ」
「……」
絶句だった。
なんだそれは
どういう理屈だ。
ああ、もう
これだからバカは嫌なんだ
こっちがあれこれ悩んでる事を
まるで小石でも蹴っ飛ばすように
簡単に吹き飛ばして乗り越えてくる
土足で、踏み込んできて荒らす。
悩んでるのが
馬鹿らしくなってくる。
浮気なんて意味がなかった
どうせ私はこいつ以外じゃ
多分もう満足出来なくなっている。
ただ優しいだけじゃダメ
乱暴でも勝手でもダメ
踏み込んでくれないと嫌
でも馴れ馴れし過ぎるのも嫌い
そんな気難しい私の好みを
丸無視で惚れさせたコイツが
……ああ、なんて私は
愚かだったんだろう
ごめんね遥、ゆるしてね
そしてありがとう
心の中で深い謝罪と感謝をする
決して口には出さないけれどね
「……遥」
「な、なんだよ」
私はゆっくりと彼の元に
まるで獲物へにじり寄る
猛獣のように近付いていく
「さっきあなたが`難しい`って言った
私の話、アレの本当の意味を教えてあげる」
「本当の……?」
「嘘をついた訳じゃないわ
ただ、恥ずかしかったから
わざとぼかして言ったのよ
知られたくないコトだったから」
「それは……」
「それはね」
「私は遥に、嫉妬を
してほしかったのよ……」
その日の夜の彼は
何故だかいつもよりも丁寧で
優しくて、そして、愛らしかった
私は
もう二度と
浮気なんてしないと
そう誓うのだった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
「なあ、立花」
「どうしたの」
「一緒に住まねーか?」
「あら、随分と遅いのね」
「待ってたのかよ」
「ええ、ずっと待ってたわ」
「なんで言わねえ」
「だから今言ったじゃない
`ずっと待ってた`って」
「お前は分かりにくい
言ってくれないと分からない」
「じゃあせいぜい頑張って
私のことを考えるのね」
「これ以上か?」
「それ以上に」
「……分かったよ」
「一生かけて考えてね」
「…………………………
………………………………は?
おい、お前いまのって——」
私みたいな面倒な女を
捕まえてしまったんだから
せいぜい一生かけて苦労するといい
そうしたら偶には労わってあげる。
精一杯の愛を注いで……ね。
それは私が浮気をした日 ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni
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