【エピローグ】惚気る赤竜 〜side:ベアトリア〜

 ——今ほど幸せな日々はない。


 誰とも接触せず、暗い闇の廃鉱で隠れ潜んでいた300年。


 退屈で、孤独で、くだらない時間。しかし、ルーファと出会うための必要期間だと思えば悪くない。


 無意味な時間ではなかった。私はずっと待ち続けていたのだから。


「少しだけ休憩しようよ⋯⋯。疲れちゃった」


 私は愛する夫を抱き寄せる。小さい身体だ。抱きかかえやすい。


 小柄だった父を思い出す。同じくらいの矮躯だ。


 成長しきったルーファも魅力的だったろうが、熟しきる前の愛らしさは捨てがたい。


 早めに出会えてよかった。


「角と尾は育ちきったな。形は整った」


 恥ずかしがるルーファを引っ張る。胸の谷間に顔をうずめさせ、両脚で腰を挟み込んだ。


 生え始めの尻尾と尻尾の成長具合を確かめる。


「あっははは! ちょっと、だめ、くすぐったい!」


「まだ柔らかい。硬化には時間がかかる。天井にぶつけたり、扉に挟み込まぬようにな」


 手足の爪は生え替わった。あとは翼だ。背から竜翼が生えれば、竜人化の肉体変化は完了する。


「あと、どれくらい? 僕がドラゴニュートになるまで⋯⋯」


「焦る必要はない。ゆっくりでよい。私の身体を味わい尽くせ。魂を混ぜ合わせ、変異を加速させるのだ」


「うん⋯⋯」


 ルーファは口から火を吹いている。私に興奮している。それでいい。


 夫婦つがいは互いを求め合う。


 私だけのドラゴニュート。誰にも渡さぬ。誰にも譲らぬ。私の宝物だ。


(今のルーファには私しかいない。あの義父母を嫌ってはいなかった。だが、ルーファには私だけしかいない。そのほうが良い。私にもルーファしかいないのだから⋯⋯)


 母である赤竜王とは元から嫌い合っている。慕っていた父とは白竜大戦での一件で絶縁状態だ。兄弟達とは興味がないので関わっていない。


(もう一人ではない。私にはずっとルーファがいる)


 こうして抱きしめると安堵する。重ね合った素肌から鼓動の高鳴りが伝わってくるのだ。


 ドラゴンは生まれながらに記憶を持っている。母の記憶だ。

 

 竜は我が子を嫌うのは、自分の記憶を受け継いでいる複製体だからだ。考えてみれば、自分の記憶を持っている人間など薄気味悪くて仕方ない。


(母の憎悪も理解できてしまう。この幸せを盗まれたくはない。私とルーファの間に子が産まれれば、私とルーファだけの思い出を見られてしまう。それはとても不快だ。不愉快だ)


 子どもができたら、ルーファは我が子を可愛がりそうだ。ひょっとしたら妻である自分よりも。そんなことになるくらいなら、子どもはできないほうがいい。


「ねえ。ベアトリア」


「どうした。ルーファ」


「僕が完全なドラゴニュートになったら、大きな都市に連れていって⋯⋯。僕はずっと辺境のストロマ村で暮らしていたから、都会を見てみたい」


「そうだな。安全な隠れ家が見つかるまでは放浪生活だ。見て回るのは良い経験となる。しかし、角や尻尾が隠せるようになってからだ」


「うん⋯⋯。ありがとう。大好き」


 ルーファは心優しい素直な子だ。


 父を思い出す。嘘が下手で、誰かを助けることばかり考えていたお人好し。だからこそ、守ってあげなければいけない。


(私だ。私がルーファを守る。善意を利用されないように⋯⋯)


 愛しのルーファを抱きしめた。恥ずかしがっているが、最近は私の動きに合わせて動いてくれる。


 ルーファの腹部には、破瓜の血で竜印を刻んだ。竜婚の刻印は色が濃くなっている。それは愛情が強まっている証拠だ。


「——さあ、休憩は終わりだ。愛し合おう。ルーファ」

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ドラゴンベインの英雄 三紋昨夏 @sanmonsakka

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