第6話︰愚かで淫らで役立たず
大粒の雪が降っている、星空の綺麗な夜の下、見渡す限りの雪原が広がっている。
あれから三十分程が経過した。
あの後、市長をぶちのめしラブコールを無視されてから数秒後、次の瞬間には周囲の人間全員が凶悪犯を取り押さえるべく襲いかかってきた。
それはもう滅茶苦茶な状況であった。最初は素手で組み伏せようとしていた彼らも一分後には凶器を持ち出してきて、さらに一分後には魔法が飛んでくる。掠っただけで絶命しそうな炎、雷、冷気の嵐が四方八方から絶え間なく押し寄せてくるまさに地獄絵図。おまけに『助けにきたぞ!』なんて口走っちゃったせいでその場の全員にリウが狙いであることがばれていて、彼女をキルされないよう気を配らないといけない始末。
が、なんとかなった。
特別なことは何もしていない。躱して防いで殴り倒してを馬鹿のように繰り返しただけだ。こんな原始人スタイルでは普通に考えて二十回は死にそうであるが意味不明なことに生き残った。
よくわからないけれど、これも我が高IQのなせる技なのかもしれない。すごい。
とにかく戦果は期待以上だ。そこそこの怪我はしてしまったけれど。
「い、痛ってぇ……やっぱり物騒だわ異世界……こういうところは嫌いだよ異世界……」
現在俺は追跡を撒いて、リウを背負って街から離れた雪原を歩いている。
左半身が軽く焦げ左腕が炭化しているのは前述のとおり、右腕を三ヶ所刺されていて、左眼は凍って失明し、肋骨のどこかが多分へし折れている。
何より酷いのは出血であった。襲いかかってくる人々の中に一人とんでもないやつがいて、彼の視線の先の空間が何の前触れもなく大爆発を起こした。爆風自体はギリギリ躱せたが、余波の瓦礫をもろにくらって脇腹がごっそり無くなった。血の足跡をつくらないようなんとか服に吸わせているが、未だかつてない出血量である。
次の死因は失血死のようだ。
「………………よーし、いったん休憩……!」
意識が朦朧としてきて勝手に体から力が抜け、べしゃりと雪原の上に倒れ込む。背負っていたリウが隣に転がる。無表情で生気のない綺麗な瞳と視線が交わる。
助けてやったというのに礼の一つも言うことはなく、俺の奴隷は愛想がないなぁとか思って、楽しくなって小さく笑った。
さて、これからの予定を確認しよう。
まず俺は死ぬ。絶命経験豊富な俺だから言えることだがこの感覚は死ぬ前のアレだ。間違いなく五分以内に絶対に死ぬ。
そしたら次は転生ガチャだ。これまでと同じことが起こるなら俺は現代日本に蘇る。その後自殺すればここ異世界に戻ってこれるはず。
そうすれば俺の傷は消えている。轢き殺された時も、刺し殺された時も、首がへし折れた時も、リスポーン時は常に全快しているのだから、すぐに逃避行を再開できるだろう。
まあ、前例が三回しかない以上、『実は魔法ダメージあると生き返れませーん死亡!』というパターンも考えられるし転生は確実とは言えない。生き返れなかったらそこでゲームオーバーである。
しかし、二回のガチャさえ乗り越えればあとは異世界生活を満喫するのみである。
何しろ俺は頭がいいのだ。その時々でベストな判断を繰り返し合理を極めた攻略法をとっていれば異世界での成り上がりなど容易いことだろう。
手始めに生活基盤の構築か。この世界はエルフが差別されてる感じらしいし、人の目につかない家を確保しないといけないが、ひとまずは一晩寒さを凌ぐことを考えるべきだろう。
たとえ俺が無限に転生できたとしてもリウの残機はたったひとつ。
奴隷の健康管理に気を使うのが、最も合理的な道と言えるのである。
「………………ん?」
と、そこで一つ気がついた。
リウの服のあちこちにはべっとりと血がついている。
それはさっきまで俺が背負っていたからなのだが、そのうちのお腹の部分の血のシミが、ゆっくりと大きくなっている気がしたのだ。
服をめくると綺麗なお腹に穴があいていた。
血がとぷとぷと流れ出している。
「…………………………えぇ……?いつのタイミングだよ困るんだけど……」
想定外の自体に思わずげんなりしながら思慮を巡らせる。
いやほんと何が原因だ。乱戦の最中も彼女から0.8秒以上連続で視線を外したことはないし、気づいてないだけで誰かに刺されてましたなんてオチはないと思う。だとすればあの爆発の瓦礫が彼女のほうにも飛んでいたということなのだろうか。地面に伏せた状態だったしそこそこ距離も離れていたというのに全く不運なことである。
血がとぷとぷと流れ出している。
傷口に手をあててみると、彼女の体が弱々しく跳ねた。ぐちゃぐちゃになった腹の肉を触られると痛くて痛くてたまらないのだろう、無視して強く傷口を押さえつける。
「………………とまれーとまれぇー」
失血でぼんやりしながら呟いてみる。
止まらない。
血がとぷとぷと流れ出している。
もっと強く押してみた。
血がとぷとぷと流れ出している。
より広範囲を押してみた。
血がとぷとぷと流れ出している。
押し方を変えてみた。
血がとぷとぷと流れ出していて、ごめんなさいと声が聞こえた。
お腹から視線を上にあげると、リウが相変わらずの無表情でじっとこちらを見つめている。
俺はこの態度を無愛想と評していたが、今思えば『衰弱しきった』と表現したほうが正しいのかもしれない。
ごめんなさいともう一度聞こえた。
「謝るくらいなら最初からやるなよ舐めてんのか……?」
多分人生で初めて他人に明確な殺意を抱いた。
そうだ、こんなことになったのも全部こいつが悪いのだ。
こいつがもう少し長く逃げ続けていればバトル展開無しにこいつを回収できた。
こいつがたった一度の瓦礫を防いでいれば俺の奴隷のモツは無事だった。
そもそもこいつが俺を刺さなければ街の方々に目をつけられることにはならなかった。
「奴隷の分際で邪魔ばっかしやがって……ゴミ野郎がふざけるなよ……」
このたびの責任の所在は180%こいつにありこいつが諸悪の根源でこいつがいなければ全てがうまくいっていた。
それはそうとしてこれで全滅だ。
出血量からして五分後に俺が死に、その十五分後にこいつが死ぬ。それを妨げる方法は存在しない。
こんなに頑張って押さえつけているのに血は全く止まらない。
たとえ俺が全快したところでできることなんて何もない。
エルフがお嫌いなこの異世界で救援は全く期待できない。
異世界人がやってきました!なんてニュースを聞かない以上、彼女が死後現代日本に転生してくることはないだろう。
この地平線まで続く雪原の中、突然箒に乗った魔法使いが飛んできて、『私は優しいからエルフ差別なんてしないぜ!』とか言いながら回復魔法をかけてくれればなんとかなるかもしれない。
もしくは東京あたりの大学病院が建物ごと転生し隣からにょきにょきと生えてくれば治療は間に合ったりするのだろう。
そんなことは起こらない。
「ころしてやる……ころしてやる……」
どうやら俺のほうの死期が近づいてきたようである。
片目だけの視界がぼんやりと滲んで見えなくなってきた。
息をするのも億劫になってきた。
そんな死に体でも怒りは止まらない。あまりの怒りに涙が出てきた。
リウはまた『ごめんなさい』とか言おうとして、声が出なくて口を小さく小さく動かしていて、声を出す体力もなくなったらしいことがわかり、そんな姿にさらに苛立ち、こんなやつのせいでと心底湧き上がる怒りに震えた。
「……………………しぬまでだきしめててほしい……」
少しばかりの沈黙の後、奴隷が後ろに手を回してきた。
あまりの屈辱に悪寒が走るが、彼女の腕を振り払うことができない。もはや指の一本も動かすことができない。
一つの塊になった自分達に薄く雪が積もっていくのがわかる。
抵抗できないことを静かに悟り、どうしようもないので目を閉じる。
意識がゆっくりと遠ざかっていく。
優しくしてたヒロインに刺し殺されたので二周目からは合理的にいく〜従来のテンプレ転生とは一線を画する誰もが模範とすべき合理的異世界生活譚〜 @childlen
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