第5話︰基礎的数学的知識を応用した合理的思考法について
辺りを見回してみるとすぐ近くに明かりのついたお店があった。
リウが晒されているこの街角に隣した、大きなガラスが張られている店だ。
新しい奴隷を買うといっても奴隷屋の場所に心当たりはないので、とりあえずそこに入ってみることにした。
「こんばんは!ここって奴隷売ってますか?」
「こんばんはぁ。残念だけど奴隷は売ってないね、ここは武器屋だからさ」
店内に立ち入ると店主と思しき白髪混じりのおばさんがにこやかに笑いかけてくる。
見回してみればなるほど武器屋だ。槍や剣や弓や斧、異世界転生系にありがちなウエポンの数々がそこらじゅうに陳列されている。
特にあの窓の外からでも窺えた金色の大槍。こんなの持てるのかと近づいて窺ってみる。
「はぁ〜俺武器屋って初めて見ました。こんな感じなんですね武器屋って」
「ほぉ初めてって珍しい!どんな田舎に住んでたんだい!?……まあでも坊やはまだ早いんじゃないかな?もう五年くらいして、戦うお仕事につく気があったらまた来なよ」
「そんなものですか……ちなみにお値段っていくらくらいなんです?俺この世界の文字わからないんで値札読めないんですよ」
「えっ……?」
文字が読めないという発言がそこまで意外だったのか、店主は軽く引くような姿勢を見せる。
失敬な読めないものは仕方ねえだろとか思ったが、それでもすぐに返事を返してくれる。
「ま、まあ、商品によるとしか言えないね。一番人気のあの剣は銀貨六枚だけど、一番高いあの大槍は金貨八枚になっちゃうし……」
「へぇぇ〜」
阿呆のような声をあげ感心し、この世界は二十歳から魔物討伐始まるのか、金貨一枚って銀貨何枚分だとか複雑多岐に思考を巡らせる。
じっくりうんうん唸って考える。
「ふむ……なるほどなるほど……それならその一番人気の剣をください」
「え……君奴隷を買いたかったんじゃないの?」
「ええそうです。梱包いらないのでそのままお願いします」
「……………………???」
店主は怪訝な表情で首をかしげた。
「わからないでしょう!俺多分あなたより頭がいいんですよ!作戦があるんです!」
「………………そ、そうなの?」
理解できないのもまあ仕方ない。竜王の指した一手を小学生が理解できないように、あまりに高度に積み上げられた理論の塔は素人が一見しただけで読み解けるものではないのだ。
推定IQ190の俺が十秒じっくり考えて辿り着いた結論がぱっと見意味不明な行動となってしまうのはある意味当然のことと言える。
「これが商品だけど……だ、大丈夫?鞘からの抜き方とかわかるかい?」
「ふんっ………!…………すいません抜けません!どうやるんですかこれ!?」
「そりゃあまず持ち方が違うんだよ、腕をもっとこう……そう、そう、無理に力は入れないで、そのまま」
「…………おお抜けました!これお代です色々ありがとうございましたお元気で!」
「おおぅ……よくわからないけど毎度あり。手入れもやってるから状態悪くなったらまた来てね。ばいばい。作戦がんばってね」
「さようならぁー!」
おばさんに手を振って店を飛び出し走り出す。
方向は広場の中心。今にもリンチにかけられそうなリウのもとへ。
妙に爽やかで冷たい夜の風が、顔の肌を弱く撫でていた。
なぁに、言ってしまえばなんてことはない単純な理屈である。
新しく奴隷を買うなら銀貨八枚。剣をぶん回し突撃し古い奴隷を回収すれば銀貨六枚。
あとは単純な計算だ。ここは無垢なる大衆に凶器を差し向け暴力性の赴くままに暴れちらかすほうが銀貨二枚分お得なのである。
常人の反応として『いや硬貨二枚程度の為になんで流血沙汰起こそうとしてるんだ……?お前おかしいぞ……?』というものが予想できるがそれは違う。
ここは天下の異世界なのだ。情報が全くないviolenceな世界で成り上がろうとしている以上、種金は可能な限り確保しておくべきなのは自明の理。
死ねば毎回転生できるという保証もない以上、舐めプは細部に至るまで慎むべきなのである。
剣を引き抜き鞘を捨て加速。
楽しくなってきて思わず歯を晒して笑い声が漏れる。
面白くて面白くて仕方なかった。
純粋に合理だけを考えている自分が、可愛い可愛い女の子を救うために剣を握っていることが面白かった。賢い俺が異世界転生系で拝見した凡百の方々と同じ行動をとっていることが面白かった。冷静で優しくてcoolで格好良くて馬鹿すぎる御方々と同じことをしちゃってるのが面白かった。
全くもって馬鹿馬鹿しくて笑顔になっちゃうが、合理的に考えてこうなっちゃったのだから、これはもう仕方ないのだ。
そう、仕方ないのである。
「静粛に!!我々は今からこの汚らわしいエルフ族へ正義の鉄槌をっ────」
「くくっ、クククあはははは正義の味方がやってきたぞおおおお!!」
「────ぁあっ!?」
殺せ殺せエルフを殺せと口々に叫ぶ賑わいで殆どの人間は気づいてないようだが、ただ一人リウの首輪を握る市長さんだけが俺の接近に事前に気がついた。
心を読めない俺には彼の心情は正確にはわからない。
けれど、とびっきりの笑顔で全速力で走りより凶器を構える俺の姿を見て、彼は少々ぎょっとしたようである。
おそらくは思わず、反射的にといった表情で、彼は右手をこちらに向けた。
ぼうっ!と青い炎が飛び出してきた。
魔法だ、なんて思う暇もなかった。
左半身が一瞬で焦げた。特に左腕が酷かった中までしっかり炭化したのがわかる。
「ぎぃっ!?が!?ぎゃああああがあああ゛あ゛あ゛!!」
立っていられるわけがなかった。
雪の上にべしゃりと崩れ落ちのたうち回ってあばれまわり泣き叫び地面を掻きむしる。
「あああっ!?だっ大丈夫か君!?」
「な……な、ぁっ、何をやっているのですか市長!?こんな子供を!」
「………………ち、違うっ、私っ、この子はっ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
痛くて痛くてたまらなかった。
左半身がまるごと痛かった。
叫びすぎで喉が裂けて血の味がした痛すぎて全く痛くなかった。
痛くて痛くて目を開くとちょうど視界の中心にリウがいた。
首輪を引っ張られ無理やり膝で立たされている彼女は、黙ったまま呆然とこちらを見下ろしていた。
もやは彼女などどうでもよかった。すぐに目を閉じ痛みに食いしばり痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて────倒れてずっと馬鹿みたいに喘ぎ続けて二秒半が経ったとき、俺はふと気がついた。
あれ、冷静になったらそこまで痛くないぞ、と。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
そうだ、よくよく思い返してみれば俺はこの一日で三回死んだ。
トラックに跳ねられた刹那の激痛。
リウに刺された腹部の鈍痛。
飛び降り自殺の嘔吐感。
ぶっちゃけそろそろ慣れてきたのだ。
痛くて痛くて生き返らなくてもいいから今すぐにでも死んでしまいたいくらい痛いけれど、今までのでどれが一番痛かったかなぁと考えるくらいの余裕があった。余裕がある人生とは素晴らしいものである。
だから、絶叫しながら心の中でコールをかけた。
いち、にの、さん、と。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛峰打ち゛ぃ!!」
「わ、私はっ────ゴッッッ!!」
残った右手と両足でバネのように立ち上がり首筋に一閃。
市長は変な声をあげ、変な音と共に変な形に首を傾げ、ぐじゃりとその場に崩れ落ちた。
囲む民衆が悲鳴をあげる。
握っていた首輪が手から離れ、べちゃりとその場に座り込むリウ。
そんな彼女に間髪入れず左腕を差し出し、差し出したあとで炭になっていることを思い出し、でもまあいいかと俺は笑った。
痛くて痛くて狂おしいほどだけど、はじめのほうの高揚感はずっと変わらず内にあったから。
「正義の味方がァ助けにきたぞォ!!」
そのままの勢いで言い放つと、リウは呆然とした様子でこちらを見上げるのみであった。
ノリの悪いやつはこれだからいけない。
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