第4話︰汝、隣人を愛せよ
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!あっ、あっあっ、ああぁっ嘘だろ首折れたら手足動くなくなるのぉ!?先に教えといてくれよおぉあ゛あああ!!」
寝返りを打とうとしても這いずろうとしても首から下が全く動かないあの感覚──はっきりと記憶に刻みつけられたトラウマに悶え呻く。
なんというか、痛いというより気持ち悪かった。
滅多刺しの時より痛くはなかったが、当たり前の動作が当たり前に叶わない異物感と喪失感が不快極まりないというか二度とごめんといった感じ。最低最悪の気分である。
次死ぬときはなんとかしてスカイツリーから飛ぼうと心から誓う。
と、そんなことを思ったあたりで、折れた頸が治っていることを自覚する。
息を落ち着かせ辺りを見回してみると、既視感のある西洋風の街並み。空を見上げれば星空が広がり、見覚えのある大粒の牡丹雪がゆっくりゆっくりと落ちてきている。
道行く人がこちらをぎょっとした顔で凝視していて(俺が突然大声をあげたからだろう)、そのうちの二割ほどがケモ耳だった。
俺は異世界に戻ってきていた。それも昨日と全く同じ街へと。
「…………YES!流石俺だ、計算通り完璧な転生!よかったよかった死んだかいがあった……!」
少々嬉しくなっちゃいながら立ち上がり、俺を囲む喧騒をかき分けて走る。
もちろん目的地はリウこと銀貨八枚ちゃんの元である。
「何はともあれ情報収集だよな……!俺を殺したあとあの子はひとまず自由の身になった、エルフ全体が差別されてるっぽいから人の目は避けるはず……!最初に宿屋のおばちゃんに当たるとして次は路地裏を中心に聞き込みだぁ……!」
つい昨日歩いた街である、買い出しの時に一周はしたし街の構造ははっきり覚えている。宿までの最短ルートなど言うまでもない。
全速力で宿まで駆ける。すれ違う通行人がみんなこちらに視線を向けてくる。構わず最高速で走り続ける。
街は昨日より少しだけ閑静だった。
道を歩く人の数が少しだけ少なく、閉まっている店が少しだけ多い。
この世界では今日が休日だったりするのだろうか。
そんな事を思っているうちに息が切れてきた。全力疾走し続けているのだから当然な現象といえる。
その場に立ち止まりひぃひぃ浅く息を吐いていると、遠くから妙なざわめきが聞こえてくることに気がついた。
音のする方へ耳を傾けてみても騒ぎの正体は掴めなかったが、代わりに一つだけ思い出したことがあった。
あっちの方角は昨日リウが売られていた場所だ。
「……………………?」
つい気になって騒ぎの方へ足を運ぶ。
近づくにつれて喧騒は強まり、ざわめきの雰囲気もはっきりしたものになっていく。
遠目から見ても彼らの声色は楽しいものではないようであった。
彼らは何かに憤っているようだった。
彼らの視線は中央にいる何かに向けられているようであった。
なんだなんだ、まさか異世界特有の公開処刑とかが始まるのかなんて想像して、人混みをかき分け取り囲まれているそれを見た。
件の銀貨八枚ちゃんが枷をつけられ跪かされていた。
「………………はい……?」
彼女の側にはフォーマルな格好をしたおじさんが立って首輪を乱雑に掴んで引っ張っていて、ものすごく既視感のある光景に思わず困惑の声をあげる。
おじさんは大きな声で周囲に呼びかけていた。
彼は市長であるそうだ。
「皆様っ、皆様!再三の繰り返しになりますがお聞きください!」
「昨晩痛ましい事件がありました!身元はまだ特定されていませんがっ、十代も半ばといったくらいの幼き少年がっ、無慈悲に命を奪われたのです!」
「彼は昨日一匹の奴隷を買いました!格安のエルフ族の奴隷でした!」
「彼はどうしてかこの街に身寄りがいないようで、一番安い宿を一室借り、彼はそこに奴隷を招き入れました!普通は奴隷を」
「彼は奴隷に餌を与えました!彼は奴隷に衣服を与えました!どちらも奴隷に与えるような粗末なものではありませんでした!彼はきっと心優しき少年だったのでしょう、断じて命を奪われていいような存在ではありません!」
「彼は奴隷に殺されました!横たわる彼の腹部に何度も刃物を振り下ろす凄惨な光景を宿屋の主人が目撃しています!」
「我々は!なんの罪もない命を奪った残虐な悪魔を!決して許してはならないのです!!」
おじさんが叫び観衆が大きな唸り声をあげる。許せない殺せと声があがる。ざわめきがますます大きくなっていく。
リウは力なく跪いたままだ。強引に首輪を引っ張られても痛みに表情を動かすことはない。
表情は全くの無表情で、それは昨日と同じだったけど、顔に大きな青痣がいくつも増えていた。きっと何度も殴られたのだろう。
つまるところ、俺の見立ては正解だったようで、今から行われるのは処刑であるらしい。
俺を刺し殺したリウという奴隷は、怒れる民衆から殴り殺される定めであるみたいである。
「…………………………なるほどなるほどぉ……」
そんな光景を人混みに紛れ遠巻きに眺める。
ぼんやりしながら思うことは三つ。
第一に怒り。全財産の80%をはたいて購入した女の子が勝手に処刑されようとしていることにまず激怒した。お前ら意気揚々と殺そうとしてるけどそれ他人の財産であること忘れてないか、せめて銀貨八枚は返金するべきではないか、資本主義を舐めているのかと。
第二に恐れ。エルフ差別発言を繰り返し刑罰の方法にリンチを選ぼうとしている大衆の姿を目撃し、俺の聡明な頭脳は『もしかしてここは倫理観狂っている系の異世界なのでは?』と気がついた。周りの人々……どう見ても五十人以上はいる紳士淑女の皆様が目に見えて殺気立っている。『俺がその殺された被害者です』と申し出ても『あーなるほど、じゃあこの奴隷ちゃん許してあげよっか』とはならないだろう。
そして第三に諦観があった。正直これが一番大きかった。『まあ殺されるなら仕方ないな』としか思えなかった。
『心優しき少年』等々細部の表現にツッコミどころはあったものの、おおまかに言えば市長のおじさんが言ってたことは正しい。あの子は俺をぶち殺したのである。
恨みつらみは置いておくとしても普通に考えて犯罪だ。何度も何度も繰り返し内蔵をかきまわされたし、一時の気の迷いというわけでもないのだろう。動機は見当もつかないが明らかに殺そうと思って殺しに来ていた。
現代日本でも絞首刑に処されそうな彼女がこれから撲殺されると聞いたところで、『まあそうなりますよね、わかるわかる』としかならないのである。
まぁ、直接復讐ができないのは残念だし、銀貨八枚がもったいないので返してもらいたいものだが、あそこまでヒートアップした暴徒に囲まれてしまってはどうしようもない。
合理的に考えて、無理してあの子をあの場から回収する理由はどこにも存在しないのである。
「えっ、じゃあ俺これからどうすんの……?それになんのためにあんなクソみたいな死に方…………んん?」
ふと違和感を覚え、自分の身体をまさぐってみる。
なんか見覚えのある小袋が出てきた。
中に入っているのは銀貨が十枚。
「………………えっ異世界転生って二回目でも所持金再支給されるの……?すごい親切設計だぁ……」
感心しため息をつきながら、小袋と遠くのリウを交互に見返してみる。
囲う人々から罵倒されるリウ、少年に謝れと詰め寄られるリウ、死んだような目のまま揺すぶられるリウ、思い切り頬を殴られるリウ。
視線を十往復くらいさせてみて、数十秒たっぷり考えて、彼女を庇うだけの理由はやっぱり出てこなかった。
「………………よし、新しいの買うか」
惚れ惚れするほど合理的な判断である。
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