旅館
涼と翔は、林道を歩いていた。運動靴を履いてきたものの、凹凸の激しい道は都会っ子にはかなり酷である。
「まーだー?」
翔のへたった声が後ろから聞こえてくる。涼はスポーツドリンクを翔に渡した。
「こんな山道だとは思わなかったよ」
「悪かったって〜。俺も知らなかったし」
ごくごくと飲み物を飲む音が林全体に吸い込まれていく。涼は夏だというのに、少しの寒気を感じた。もしここで俺たちが倒れたら、いつ発見されるのだろう。見つけてもらえる前に、土に帰ってしまうかもしれない。このしんとした林は、俺たちの死も、木々の死も平等に受け入れるのだ。都会では意識しなかった肉体の心もとなさをひしひしと感じ、涼はくらりとした目眩を覚えた。あまりにも巨大で無慈悲なシステム。知らぬ間に、翔の手首を掴んだ。翔は生き返った顔でこちらをきょとんと見てくる。
「どした? 涼」
「いや……何もない、大丈夫だ」
再び、道を歩く。何処かで水の流れる音がした。見えないだけで、川が近くにあるのだろう。
一時間ほどで、二人は旅館に着いた。ロビーの奥から年配の女性が小走りにやってきた。
「ようこそ、お疲れでしょう」
鞄を預かってくれ、鍵を渡される。
「この廊下の奥から二番目のお部屋です」
女将さんだろう。二人は彼女についていった。
部屋は居心地の良い八畳間だった。部屋の奥は大きな窓が嵌っている。そこから庭と、その奥にある幽玄な林が見えた。
「いいところだな。来るの大変だったけど」
「そうだな」
翔が鞄を下ろす。どさりという音が、思いの外部屋に響いた。
「っくぁ〜〜〜、風呂にでも入りに行くか」
体を伸ばしながら翔がそう言うので、浴衣に着替え、二人廊下に出た。表示に従い、長い廊下を歩く。ことん、と後ろから音がしたため、二人は何気なく振り返ったが、そこには何もなかった。
「奥の部屋の人が何かを落としたんかな?」
「そんなとこだろ」
それからは、二人の頭には露天風呂のことしかなかった。
秋を待ちながら はる @mahunna
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