秋を待ちながら
はる
誘い
二度とない季節だということを、殊の外感じる日だと、涼は教室の窓から外を見ながら思っていた。名残惜しげな晩夏の風が体の側を吹き抜ける。あまりに感傷にひたりすぎて、彼は近くにいた友人の存在に気がつくのが遅れた。
「涼」
直線的な声色に、彼の意識は現実へと引き戻された。
「翔か。ごめん、ぼーっとしてた」
「というより、感傷に浸ってるみたいにみえたけど」
「そうだね」
涼は恥ずかしげに笑う。翔と呼ばれた青年は、彼の隣に座った。
「植木が綺麗に見えるよね、ここ」
「そうなんだよな」
涼の通う大学は、郊外にあった。学生たちは電車を降りて、田んぼの脇の道を通り、大学へ通う必要があった。涼と翔の家は実家から遠く、大学の側にある下宿を間借りしていた。部屋は隣同士である。
「講義終わったし、ドルチェにでも行かねぇ?」
ドルチェとは、大学の近くの喫茶店だ。ほとんど学生御用達の休憩所となっていた。主人は寡黙だがユーモアのある人で、涼はそこに居心地の良さを感じていた。
「いいね」
涼は教材を鞄に仕舞い、立ち上がった。
「いい話があるんだ。着いてから話すよ」
翔がウィンクをする。彼は照れ屋だが、涼にはそれが発動しないため、よくこういうことをするのだ。二人は並んで教室を後にした。
ドルチェは、程よく冷えていた。二人は向かい合わせに座り、涼はブラックコーヒーを、翔はソーダフロートを注文した。運ばれてきたソーダフロートのアイスをつついて小さくしながら、翔は涼券のようなものを懐から出し、涼の手元に差し出した。
「見てこれ。親が商店街の懸賞で当てたんだよ」
「あ、うちの親もやったって言ってたな。当たんなかったみたいだけど。……おぉ、日本海の近くの旅館に二泊三日か」
「そう。なんか他の旅行の予定があって、行けなくなっちゃったみたいで。仕送りの封筒の中に入ってた」
「そうなんだ」
「で、一緒に行かないかっていう、お誘い」
涼は少し驚いた。他にも友人がいるのに、いつでも会える幼馴染みの自分を誘うのか。
「ほんとに俺でいいの?」
「いいよ。当たり前じゃん。最近家族ぐるみで旅行する機会もないし、久々に一緒にこういうとこ泊まれたらなって思って」
翔は涼の遠慮しがちなところを知っていたため、当たり前じゃん、というところの語気を強めて言った。なんとなく、彼は彼の価値を分かっていないようなところがある。翔はそこを少し危うんでいた。
「ありがとう。じゃあ、一枚いただこうかな」
「よしゃ」
宿泊券が手渡される。
「親御さんにお礼伝えておいて」
「いいぜ。俺の親、涼のこと好きだからな」
「確かに」
二人で顔を見合わせて笑う。幼馴染みが家に来るたび、奮発してケーキを焼く翔の親を思い浮かべたのだ。甘いもの好きな涼にとって、それは願ったり叶ったりの状況だったのだが。
手の中のチケットが夏風にひらめいた。これから始まるであろう新しい季節に、涼の胸は高鳴った。
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