僕はもうバケモノ
石嶋ユウ
僕はもうバケモノ
人間としての幸せの絶頂だった。ある日突然できた彼女との楽しい日々が続いていた、夜のことである。
僕はとても機嫌が良かった。そんなものだから僕はついつい彼女に向かってプロポーズをしてしまった。
「僕と結婚してください!」
彼女は少し妖艶な顔をして僕を抱きしめた。
「いいよ」
彼女は即座にオッケーしてくれた。これこそ僕の幸せの絶頂である。
「ただし、」
「ただし、何?」
その時だった。彼女は僕の首筋を噛んだ。人間のものとは思えない力で傷口から血を吸い取られていく。
「な、なにをしてるの……」
彼女が僕の首筋から口を離すと僕はふらふらとその場で倒れ込んでしまった。よく見ると彼女の歯は人間のそれではなく、動物のような歯をしていた。
「私ね、実は俗に言う吸血鬼なの。それでさ、今仲間がとても欲しくてね。君みたいは健康的な人間を仲間にしたかったんだ」
そう言いながら、彼女は自分の指を噛んだ。指先から真っ赤な彼女の血が流れている。
「これで君も仲間だよ。私のダーリン」
彼女は血の出ている指先を僕の首筋の傷口に当てた。傷口に彼女の血がなすりつけられていく。すると、僕の体に異変が生じた。
「う、うぐ。ぐはっ!」
体が急速に変化してゆく。程なくして僕は眠りについた。
目が覚めたのは翌日の夜だった。気づけば自分の家ではないどこかのベットで寝ていた。部屋の向こうでは彼女がテレビを眺めていた。どうやら彼女の家だった。
「あ、起きたようね私のダーリン」
部屋着姿の彼女は言う。
「僕に何をしたの……」
「決まってるでしょ、あなたを俗に言う吸血鬼にしたの。もうあなたは人間ではない」
「そんなの受け入れられない」
「始めは誰だってそうよ。でも受け入れて人の生き血を吸って生きてゆくことに慣れてゆくのよ、私のダーリン」
部屋着姿の彼女はとても綺麗だった。やはり僕は彼女のことが好きなのだ。だけど、自分が吸血鬼か何かの類になったことと彼女が人間ではなかったことが受け入れられない。僕は試しにいろんなことを聞いてみることにした。
「そういえば、ちゃんと聞いたことなかったけど、君は普段、どうやって生活してるの?」
「普段は普通に人間っぽい振る舞いをして生活してるの。ただ、食事をするのが大変だけど」
「食事……」
思えば、彼女も食事も様子を一度も見たことが無かった。
「そう、この体になってからなかなか大変でね」
彼女はニコニコしながら、洗濯物を洗濯機に入れていく。
「君も元々人間だったの?」
「そうよ。昔大好きだった人が吸血鬼でね。愛してるなんて簡単に言ってくれるような彼だったけど、愛され過ぎて吸血鬼にされちゃった。そんな彼とは別れてもう五年くらい吸血鬼やってるけど、楽しいよ」
そう言っている彼女は笑顔だった。
「そ、そうなんだ……」
「あ、言い忘れるところだったけど、君はまだ人間と私たちの境界に立っている」
「境界?」
「そう、あなたはまだ人間の生き血を吸っていないから、まだ正式には私たちの仲間ではないの。人の生き血を吸うという通過儀礼を経ることで仲間として認められる」
「じゃあ、人の生き血を吸わなければ、僕は人間でいられるの?」
「そんなことはない。これはあくまで心情の話。心の感じ方が人間なのか、はたまた私たち人間ならざるものなのか。でも、あなたの血に私の血が混ざった時点で人間ではなくなる運命なのよ」
運命。僕はその言葉が引っかかった。
「そんな運命なんて、嫌だね! 僕は境界線に立っていたい!」
僕はその運命を受け入れられずに、彼女の家を飛び出し、ひとまず自宅に帰った。
「なんでこうなるんだ……」
鏡を見ると確かに僕は人間ではない何かになっていた。筋肉は以前よりも更に引き締まったものになり、歯は彼女みたいな歯に変化していた。自分の体を見つめていると食欲が湧いてきた。そういう気分ではなかったが、空腹には抗えないので、レンジで温める冷凍チャーハンを作った。だが、僕はそのチャーハンを口に入れた瞬間に体が拒否反応を起こした。反射的に食べたチャーハンを吐き出してしまう。おそらく、体が変わってしまったせいだろう。
「そ、そんな。何も食べられないというのか」
自分の変化を嘆いていると誰かがインターホンを鳴らした。僕は慌てて玄関に出ると友人が一人立っていた。
「丸一日連絡がつかないから心配になって来たんだ。大丈夫か?」
彼は食べかけだったチャーハンを見つめながら僕の心配をしてくれた。
「あんまり、大丈夫じゃない」
「顔を見ればわかるよ」
その時、ふと見上げて見た彼の顔が急に愛おしく見えた。それと同時に彼の生き血を吸ってしまいたいという衝動が芽生える。
唐突に、僕の心は今、
「おい、さっきよりも顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫……」
側から見て顔色はどんどん悪くなっているようだった。もっと言えば、体の中で血を吸いたいという本能と吸いたくないという理性がせめぎ合いを続けていた。あまりにも苦しくて僕は倒れ込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
ああ、生存本能には逆らえない。ここで彼の血を吸わないと僕は死ぬ。だが、そんなことしたら僕は境界線を完全に超えてしまう。ああ、ああ、あああ!
「ごめん、君の顔があんまりにも綺麗でさ……」
「はっ?」
僕は彼に抱きついた。許してくれ、友よ。
「だから、君の血を吸いたい」
僕は彼の首筋を噛んだ。彼の血が口の中へと運ばれていく。彼の血は美味しかった。健康的な味がする。僕は完全に境界を跨いだ。彼の意識が朦朧とするまで僕は血を吸い続けた。吸い終わってから確かめると、幸い彼は生きていた。なので傷口を塞いであげてから僕は彼を自分のベットに寝かした。それから書き置きを残して、自分の家を出た。もうここには居られない。
僕は彼女の家へと戻った。しばらくはここで暮らしていくしかなさそうだった。インターホンを鳴らす。彼女はすぐに出てくれた。
「おかえり、私のダーリン」
「……ただいま、僕のハニー」
「人の生き血を吸ったみたいね。おめでとう」
「うん、さっきはごめん」
「いいの。私、あなたのことを愛してる」
「僕もだよ」
家に入るなり、僕らは強く抱きしめ合った。
これから、僕は新しい僕になるのだ。
そんな僕はもう
僕はもうバケモノ 石嶋ユウ @Yu_Ishizima
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