第4話
「暴漢がいなかった?」
七海は表情を変えないまま訊いた。
「これまでの前提から言うと、この犯行は通り魔的なものではなく、明確に彼を狙っています。ブラックジャックなんて凝った凶器を使用していることからも明らかです」
私は推理を紡いだ。
「そもそも暴漢などという第三者はいなかった。そう考えるのが一番自然なんです。
凶器を隠蔽する必要があり、さらにそれが可能な人物はひとりだけだから」
「……じゃあ誰が彼を殺したの?」
ひとつ、深く息を吸うと私は確信を持って答えた。
「一緒にいた女です。ストッキングが破れていたり、血液が付着していたのは、凶器として使用したからでしょう」
「その凶器を、彼女はどうやって隠したの?」
七海は淡々と問い返す。
「逃げ込んだと証言している電話ボックスを利用したんです。公衆電話を使えば全ての五十円玉を処理できる」
「じゃあ何故両替に?」
「余剰分です。どれくらいの量があれば持ち運べるか、あるいは殺せるかを試したのでしょう。万一疑いの目を向けられたときに大量の硬貨を保有していたら、それが凶器に使われていなかったとしても疑われてしまう」
「動機は?」
「彼が懸念していたように、他に男ができたんですよ。それで上司でもあった彼の存在が邪魔になった」
「……邪魔とはひどいな」
「仕方ないじゃないですか。だってあなたは仕事のことばかりで、私のことを愛してくれなかった」
「え?」
私は、自分の口から出た言葉に戦慄した。
何を言っているの。
この事件は、空想のお話。
どこかの誰かが遭遇した、悲劇のお話。
私には関係ない。私には……。
「思い出してくれたようだね」
思い出す? 違う。私には関係ない。
「ずいぶんと楽しそうに語るじゃないか。なぁ、恭子」
いったい何なの。やめて。
「言っとくが君のそれは推理なんて高尚なものじゃない。ただ自分の記憶をなぞっているだけさ。私を殺した記憶をね」
私の、記憶……? 殺した?
そんなもの、私はしらない。
「君は罪の記憶を心の奥底に封じ込めて逃げ続けている。だから私が何度も丁寧に思い出させてあげているのさ」
やめて、わからないよ。何を言っているの、七海さん……。
*
恭子は目を覚ました。あたりを見渡すと、ここは病院の待合室のようだ。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
薬の飲みすぎだろうか、何をしていたのか記憶が曖昧だ。
そうだ、私は上司であり恋人でもある七海颯太の見舞いに来ていて……。
幹久恭子はよろよろと立ち上がり、病室に向かって歩き出した。
ここは××市内にある精神病院の閉鎖病棟。
殺風景な白い廊下が目前に広がっている。
聞こえる音は自らの足音と、一冊の本が入ったビニール袋のこすれる音だけだった。
【習作】五十円玉二十枚の謎 病床探偵 赤羽 未紗 @akaha_novels
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