第3話


あの日、私は彼女と暗い帰り道を歩いていた。


ただでさえ数の少ない街灯のほとんどは明滅を繰り返している。


ふっ、と蛍光灯の光が消える度に、横を歩く彼女の姿すらおぼろげになった。


「今日も遅くまで付き合わせてしまったね」


「いいんですよ。納期が近いんですから、仕方ありません」


彼女は恋人であると同時に、頼りになる同僚でもある。

繁忙期になると、仕事が出来る彼女にどうしても頼ってしまっていた。


「ありがとう。この仕事がひと段落ついたら、何か奢ろう」


「本当ですか? 嬉しい。何にしようかな」


彼女は頬に指を当て、頭を悩ませている。

こういったあざとい仕草も、この子にはとてもよく似合っていた。



私は彼女のことがたまらなく好きだ。だが、彼女はどうなのだろう。

私と彼女の関係は、職場では公表していない。

仕事に支障をきたすからと、二人で決めた約束事だった。


しかしそのせいで、彼女に言い寄る男性社員が後を絶たないのだ。

いつか彼女は私を見限って離れていってしまうのではないか。

そういった不安が私を支配していた。

現にこのところ、会社以外で彼女と顔を合わせる機会が大きく減っている。


「ぼーっとしてどうしたんですか?」


気付くと彼女が心配そうにのぞき込んでいた。

「すまない、少し考え事をしていてね」


こんなことではより愛想を尽かされてしまう。

私はふと、彼女の鞄がいつもと違うことに気づいた。

いつもは小ぶりなメッセンジャーバッグを愛用しているはずだ。

今日は女性が持つには少し大きめのショルダーバッグを持っていた。


「今日はやたらと荷物が多そうだね。重いだろう、貸してごらん」


「いいんですよ。大切なものがたくさん入ってますから。それに見た目ほど重くないから大丈夫です」


「ならいいんだけれど」


かなり重そうに見えるのだが、彼女なりに気を使わせまいとしているのだろう。


他愛もない会話をしながら歩みを進めていると、小さな公園が見えてきた。

遊具などがあるわけではないが、この辺りは住宅地であることから、昼間は子供の元気な声がよく響いている。

もっとも、日付の変わった今の時間帯は人っ子一人見当たらない。そばにある電話ボックスだけが、怪しく光っていた。


もう少しで彼女の家だ。私は彼女の部屋で休ませてもらおうかと思案していた。

遅い時間だが、お茶の一杯くらい問題ないだろう。

できることなら、一泊して彼女の家から出勤したいものだ。

下着はコンビニで売っているだろうし、シャツやネクタイは出勤時に調達すればいい。とにかく今は、少しでも長く彼女と一緒にいたい。


「なあ、恭子——」


彼女に伺いを立てようと振り返ろうとした瞬間だった。

後頭部に鈍い衝撃を感じ、私は地面に倒れ込んだ。


殴られたのだと気づいたのは、コンクリートに顔面を打ち付けた後だった。

薄れゆく意識の中、私は彼女の身を案じた。

どうにか彼女だけでも逃げおおせてくれないだろうか。

その一心で身体を起こそうともがいた。

だが、顔を上げた私の目に映ったのは、犯人の顔と今にも振り下ろされようとしている凶器だけだった。

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