第2話
思いもよらない発言に、私は言葉を失った。こういった類の冗談を好む人ではない。それに七海の語り口も、うって変わって重くなっている。
「殺人、ですか」
私は声を振り絞って聞き返した。
「ああ、そう言った。少し突飛だったね。さてどこから説明しよう」
そう言うと長い前髪をくるくると指で遊び始めた。考え事をするときの七海の癖だ。しばらく黙っていたかと思うと、今度はいきなり説明口調で一気にまくしたてた。
「約三十年前、とある事件があった。男女二人が暴漢に襲われ、男性は鈍器で頭部を殴られ死亡。女性は暴行されかけたが、命からがら近くにあった電話ボックスに逃げ込み無事だった。だが、彼女の履いていたストッキングは破られ、横たわる男性の血液も付着していた。間一髪だったのだろう。その後女性の証言をもとに捜査が行われた。暴漢と同じ背格好の人物の目撃証言は得られたが、現在も犯人の逮捕には至っていない」
「いったい何の話です?」
「このあたりで実際に起こった事件だよ。私はこの殺人に関わりがあると思っている。まずは聞いてもらえるかな」
私は無言でうなずいた。
「私が“五十円玉二十枚の謎“について考えたとき、もっとも気になったのが五十円玉の使い道についてだった。五十円玉をなぜ大量に保有していたのか、という謎についての答は簡単なんだ。一言で言うと、必要だったから」
「必要だった?」
「そう、ある目的のためにね」
まだ肝心の部分を教えてくれるつもりはないようだ。
「じゃあ仮に五十円玉が必要だったとして、どうやって調達するんです?」
「そんなの、ゲームセンターを何件か回れば事足りるじゃないか。古いゲームセンターでは、未だに五十円玉で遊べる筐体が存在する。そういった場所では必ず百円玉から五十円玉への両替機が設置してある。高額紙幣の両替機と併用すれば、そう手間をかけることなく、大量の五十円玉を入手することができる」
「なるほど。それで何のために五十円玉を大量に用意したのか、という謎が残るわけですか」
「その通り。ここまでの話を前提として考えてみてほしい。そうすれば何か見えるんじゃないかな」
これまでの会話を思い返してみる。気になるのは、唐突に七海が説明した殺人事件だ。五十円玉と殺人。五十円玉で人を殺す? 確かに七海は凶器について語っていない。だが、そんなことできるはずが……。
いや違う。可能だ。ふと、私の脳裏にとある言葉が浮かび上がった。
「……ブラックジャック?」
無意識に口から言葉を発していた。
「確かありましたよね? 革や布袋にコインや砂を詰めて作る殴打用の武器が。暴漢はそれを使って男を殺したということですか?」
「そこまでだと半分だね」
七海はにやりと笑って言った。考えてみればその通りだ。暴漢にはわざわざそんなものを凶器にする必要がない。通り魔的な犯行であれば、金属バットでも使えばいい。そもそも撲殺にこだわる必要がない。包丁一本持ち出せば済む話なのだ。そんなものを使うということは、前提として計画的な犯行ということになる。
だが疑問が残る。その場で取り押さえられたらどうする。手元には大量の五十円玉が残ってしまう。これでは凶器の隠蔽どころの話ではない。
「凶器の隠蔽……」
違和感を口に出したところで、唐突にひとつの考えが浮かんだ。
「何かわかったのかな?」
七海が微笑みを浮かべ、尋ねてきた。私は神妙な顔でうなずくと、慎重に答えた。
「暴漢なんて本当に存在したんでしょうか」
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