Post Lily Collection
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Post Lily Collection
店頭販売なんてイマドキ流行らないっていうのに、なんとか潰れずにいるとあるおもちゃ屋のバックヤードで、私はカップ麺を啜りながらソシャゲのデイリーを消化していた。ドアが開いて、薄暗い空間に光と明るい店内BGMが入ってくる。森、と。私を呼ぶ声がした。顔を上げるまでもない。私を呼んだのは木村だ。彼女は野暮ったい髪をくしゃくしゃと掻きながらニヤニヤと笑っていた。また店長に怒られるぞ、不審者みたいだって。
「木村も今から休憩?」
「うん。でもダイエットしてるからご飯は食べないの」
「あそ」
私も木村もそこそこの古株だ。というか、いつ潰れるか分からないおもちゃ屋に、新人バイトなんて居ない。潰れちゃったら次はどうしようかなぁと思いながら働いているけど、そう考えるようになってからもう数年経った。
倉庫兼休憩所であるここはかなり狭い。木村は私の隣の椅子を引くと、肩がくっつくくらいの位置で落ち着いた。元々パーソナルスペースというものを持たない彼女のこれに慣れるまで結構時間が掛かったけど、本人の変さには未だに慣れない。
「知ってる? 今、ンンッテンドーがキャラクターとシナリオの原案の募集をしているの」
「テンドーンンッ? よしみの親戚?」
「ふざけないで、ンンッテンドーよ。あなたが今やってるゲームを作ってる会社でもあるわ」
「へー。すげー」
ほら、また変なことを言い出した。普通こういうときってジト目で見たりするんだろうけど、そういうことすらもうやり過ぎて億劫だった。私のスマホ画面を覗き込んで、「ね? ンンッテンドーって書いてあるでしょ?」とか言ってる。恋人同士みたいな距離に小さくため息をつくけど、木村はそんなことは気にしない。
「採用されたらプロジェクトのメンバーになれるんだとか」
「いいね。私らフリーターには夢のような話じゃんか」
冗談に乗るみたいにそう言った。おもちゃ屋の店員がゲーム制作なんて、夢があるし。まぁやろうと思えば素人だってできるんだろうけど、そこまでの情熱が私には無い。
「というわけで、やるわよ」
「でもゲーム作ったことなんて」
「あなたにはシナリオを書いてもらいたいわ」
「いやせめてシナリオは一緒にやろうよ」
木村の厄介なところは行動力にあると思う。普通思ってもやらないだろってことを、思った瞬間に実行する。だから私はこうして、なんだかよく分からないことに巻き込まれそうになっている。
「実はずっと黙ってたことがあって……」
「なに?」
「私、”お”と”を”の使い分け、ノリでやってるの」
聞き間違いかな。木村って義務教育受けてないのかな。そういえば学生時代、どんな生徒だったんだろう。よく考えたら木村のこと、私と同じフリーターってことしか知らないな。
「たまにミスを指摘されたら入力ミスということにして直すの」
「……分かった、私がやる」
ごめん今の無し。私は木村のことを何も知らない。っていうか何度かミスを指摘される中で”を”になる時の法則性に気付けよ。
「……キャラクターだけ作って送るんじゃだめなの?」
「駄目よ。ンンッテンドーが素人の作ったペラッペラのキャラを有り難がると思う?」
「いきなりこの企画を全否定し出したな」
っていうか、なんで木村は私を誘ったんだろう。もしかしなくても友達いないのかな。うん、いなさそう。
「やっぱりキャラとシナリオはセットで送らなきゃ。キャラクターの説得力のようなものが薄まると思うの」
「そうかなぁ」
「じゃあ逆に訊くけど、未来からきた猫型ロボットがアンパンマンワールドにやってきたらどう思う? キャラとシナリオがちぐはぐだと思わない?」
「それはそれで面白そうだけど……分かったよ、セットで送ろう」
もう何を言っても駄目だ。私は観念してそう呟いた。何かの間違いでンンッテンドーでゲーム制作ができるようになったら、それはそれで楽しそうだし。
私の返事を聞いた木村は「分かればいいのよ」って顔をしてうんうんと頷く。だけど、彼女はまだ止まらない。
「恋愛ゲームっぽいキャラを作りたいと思うの」
「いいんじゃない? 私はそんなの書けないけど。大丈夫かな」
「大筋を考えるだけだから。細かく描写する必要はないわ」
「確かにね。それくらいならできるかも」
恋愛ゲームか。暇つぶしに無課金で遊べるのがいいなんて触れたゲームの中には、そういうものもあった。選択肢を選んで、気に入ったキャラとくっつくやつ。そういうのをイメージしながら、自分にも書けるだろうかなんて考える。
「じゃあまずどんな百合キャラがいいのか考えてみましょう」
「ちょっと待って」
なんか変なワードが挟まってたんだけど。今、百合って言った? 意味は分かるけど、木村がそういうものに関心があるとは思っていなかったから、色んな意味で驚いた。
「百合?」
「えぇ」
「百合なの?」
「そう」
「聞いてないんだけど」
「言ってないわ。当然のことだもの」
「こわい」
なんで当然なのかは全く理解できないけど、触れないようにする。木村だし。百合自体は、びっくりしただけで、嫌いじゃない。そういうソシャゲもやったことあるし、二人がどうなるのか気になってわざわざ分岐を回収したこともある。客観的に見て、好きでも嫌いでもない私みたいなタイプがある意味一番フラットなのかなって気もする。
「キャラクターの人気要素をまとめてみましょう」
「うぅん……挙げてみてよ」
木村はやけにハリのある声で高らかにそう言うと、人差し指をこちらに向けた。どうでもいいけど、麺伸びてるな。食べよ。
「まずはイケメン、これは確定ね」
「美女でもいいと思うけど……そうだね。顔面強者、これは間違いないね」
それは絶対条件というか、前提条件ですらあると思う。別に百合ゲーじゃなくたってそうだと思うけど。
「あとは何か一芸に秀でていて欲しいわ。話が作りやすそうじゃない?」
「それはそうかもしれないけど……あんまり詳細に書こうとするとシナリオやイラストを描く側も知識を要求されることになるんじゃない?」
「それはそうね。まあご都合主義で上手くやってちょうだい」
「面倒なところは全部私なんだ……」
今のところ、顔のいい有能、と言ったところか。幅が広すぎて話を考えにくい気がする。逆にもう少し要素が増えてくれた方がいいかも。
「あなたは何か思い付かないの?」
「あるよ。めっちゃ優しいって要素。人気あるんじゃないかな」
「どういう優しさ?」
「それは問わないよ。優しく人に接するキャラでもいいし、不器用なんだけどこっそり裏でフォローしてくれたり、あとは動物には優しかったりさ」
「なるほど。確かに、鉄板ね」
私の提案に満足気に頷く木村。どうやらお気に召したようだ。
「他には? 何か思い付く?」
「さすがにまだあるよ。ギャップが欲しいかな」
「ギャップ? またアバウトな言い方ね」
「なんでもいいんだ、例えば運動神経が良さそうに見えて実は運動音痴とか、話してみたらすんごい美声とか」
「なるほど。確かにそれはいいわね。実際にそんな人がいたらときめいちゃうかも」
前にやったことのあるゲームでは実は歌が上手いなんて子がいた。もうアンインストールしちゃったけど。どういう結末だったっけな、あれ。
「だよね。クールな顔なのに笑顔が可愛いとか、ちょっとした要素としてでもいいから入れたらいいんじゃないかな」
「極めて実現可能なラインで提示してきたわね」
「まぁね。どうせ出すならゲームのプロジェクトメンバーになりたいし? で、こういうの要素をくっつけてキャラを作るんだよね? 相反する要素とか、矛盾がないようにしないよね」
どうせ無理だって分かってるのに、いつの間にかかなり乗り気な自分がいることにちょっと苦笑した。知識も経験も無いのに、好き勝手それっぽいこと言うのって、結構楽しい。だけど、木村は急に魂が抜け落ちたような目をして私を見た。怖いよ、何。
「その心配はないわ」
「え……?」
「いま書き出した素敵なキャラ設定……それらを」
「それらを……?」
ツバをゴクリと飲んで木村を見る。
「破棄しましょう」
「イヤめなデルタルーンやめろ」
いや意味分からん。破棄するな。
だけど、木村は冗談で言ってる風ではない。何がしたいんだ、この女は。
「つまり、いま挙げたものは平凡なのよ」
「でもさ」
「ンンッテンドーが自分達でそんなテンプレキャラを作れないとでも?」
「いや、まぁ……たしかに」
なんか、木村が正しい気がしてきた。言われてみれば、そうかも。わざわざ公募のような形でキャラクターとシナリオ原案を募集するなんて、きっと製作者の立場では思い付かないような革新的なものを求められているのだろう。
「そして時代はポリコ」
「レイトン教授と不思議な街!」
「何よ急に」
「いや急に言わなきゃいけない気がして」
なんてことを言おうとしたんだ、こいつは。遮ってしまったけど、主張の内容については結構気になる。私は黙って木村を見つめて、言葉を待った。
「時代に配慮したキャラクターを作るの。その要素が多ければ多いほどいいわ。ただ、実際の問題に当ててやってるゲームはたくさんあるわ」
「あるの!?」
「あなた、昨今の海外ゲーの配慮具合を知らないの?」
「あぁー……」
かなりの心当たりがある。あんまりそういうのをやり過ぎるのもどうなんだろうって思ってるけど。
「だから私たちは百合という舞台でそれを探ろうと思うの」
「詳しい人連れてきた方がいいんじゃない?」
「駄目よ。めちゃめちゃ怒られそうじゃない」
「自覚あるんだ」
うん、怒られると思うよ。良かったね、木村。私が呆れるタイプの詳しくない人で。でも、百合作品で冷遇されてきたキャラクターってなんだろう。カップ麺の残ったスープを飲みながら考えていると、木村は言った。いま挙げた要素と逆のキャラクターにしてみましょう、と。
「ここまで書き出した要素をくっつけてみると……主人公は気が利かない上に意外性と特技が無い不細工になるわね」
「誰がそんなヤツの恋愛気になるんだよ」
そういう人もそりゃいるんだろうけど、わざわざキャラクターとしてプレイしたいかな。私がそう言うと、木村はしたり顔で言った。
「でも斬新ではあるわ」
「誰もやってこなかったことにはやってこなかっただけの理由があるんだよ」
「大丈夫、シナリオはあなたが考えるんだから」
「大丈夫じゃないんだよな」
全然大丈夫じゃないじゃんそれ。そんなキャラクターを活かせる設定って、なんだろう。考えた結果、私はついに思い付いた。スープはいつの間にか無くなっていた。完飲は体に悪いからやめようと思ってたのに。
「顔のいい人間や性格のいい人間は処刑されてしまう異世界に行くとかどう?」
「そんなポルポト政権じみた異世界転生イヤよ」
「ぐっ」
木村のくせに、真っ当なことを言ってくれる。しかもそんな世界に行ってやることが女の子との恋愛って。絶対他にもっとやることあるでしょ。私なら躍起になって家に帰ろうとするだろうな。
「森は難しく考え過ぎなのよ」
「どういうこと?」
「特殊な設定じゃなくて、普通の学園ラブコメにするのはどう?」
「ガチのマイナス要素が多めのキャラが……学園ラブコメ……? 相手にされないから始まらなくない?」
何の取り柄もないキャラクターが、というものなら見たことあるけど、さすがに限度があると思う。少なくとも私はそんな人と恋愛したくないけど、男女問わず。
「取っ掛かりになる要素が必要なんじゃない?」
「大丈夫よ、モテる理由が全く分からないキャラクターなんてごまんといるじゃない」
「色んな作品に喧嘩売るのやめて」
とはいえ、爆誕してしまったこのキャラクターを活かす術が他に思い付かない。ひとまず木村の案を採用するとして、どうやったら面白そうな話になるのかを考えてみるのもいいかもしれない。
「じゃあ、まぁ学生として、高校生でいい?」
「いいと思うわ。大体の人が経験しているだろうし……はっ!」
木村は弾かれたように顔を上げる。何か変なことがあった? 休憩時間が終わりそうなのかと思ったけど、まだ余裕あるし。なんだろう。
「私としたことが……大体の人がそうって、そうじゃない人に配慮してないわ」
「め……そうかもね」
めんどくせーなって言いかけたけど、元々そういうコンセプトだったから、言葉を飲み込んだ。かなり苦労したけど、大人だからなんとかできた。
「じゃあ、異世界の学校ってことにしない?」
「どういうこと?」
「異世界の学校なら誰も通ったことがないじゃん」
「……!」
木村はキラキラした目で私を見ている。仕事でミスをカバーしてあげたときよりも、ずっと尊敬してるって眼差しだ。
「異世界だけど普通の学校っぽい感じの学校なら、魔法やその他の要素の説明に時間を要することもないわね!」
「そうそう。それに異世界だから多少価値観が不思議な人が居てもおかしくないだろうし」
「……」
「どうしたの?」
「なろう系ってある種配慮の塊なのかなって」
「ストップ」
怒られるから。本当に。ここには私達しか居ないから怒られるワケないんだけど、なんかすごく怖いから。
そうして木村を黙らせると、私は頭の片隅にずっとあったあることを口にした。
「あのさ、相手の子ってどんな子なの?」
「あー……」
「恋愛ゲームにするなら舞台設定よりも、相手の子がどんなか、そっちの方が大切な気がするんだけど」
「プレイヤーが相手になるのはどう?」
「お前主人公がどんな奴なのか思い出せよ」
なんであんなキャラと恋愛しなきゃいけないんだ。不細工なのは良いよ別に。百歩譲って。そりゃ美人がいいけど、性格が補うパターンもあるだろうし。でもこいつ優しくないし、尊敬できるような取り柄も無いんでしょ? 無理。天下のンンッテンドーがそんなゲーム出したら正気を疑うよ。
「したくないの? 森は」
「したくないね」
「それは差別では?」
「無敵のカードを掲げるな」
それ言ったらなんでも許されると思うなよ。私は木村に、相手のキャラクターの必要性を強く訴えた。と言っても、「いいから考えようよ!」っていう、かなり強引で工夫もない言い方だったけど。
「そこまで言うなら……でも、どんなキャラクターがいいと思うの?」
「めっちゃ嫌われ者のキャラはどう?」
「え……?」
「だって、人気者のキャラクターなんて平凡なんでしょ? それに、嫌うのって、差別じゃないかな?」
「……そうね! 森、分かってきたじゃない!!」
嬉しそうにする木村には悪いけど、マジで史上最悪のゲームができると思う。いや絶対採用されないけど。だけど、やるなら突き抜けていた方がいいだろう。
「すんごい性格悪くしよう。誤解されてる系とか、家のせいで疎まれてる系じゃなくて」
「そうね!! そんな設定、ありふれているもの! でも、どういう嫌われ方にする?
「高飛車な感じとか? ぶりっこなんていうのもありかな?」
「それはそれでキャラとしてはありふれてるから……人の悪口ばかり言う奴はどう!?」
「マジでただの嫌な奴でウケる」
どうやって恋愛に発展するんだよ、そいつら。私が「あぁもうこれ終わったな」と思っているのを尻目に、何故か木村は加速していく。アイディアが湧き出て止まらないって感じだ。そんな要素無かったじゃん。
「主人公だけは悪口を言われ慣れてるから、全然臆すること無く、必要であればヒロインに話しかけられる、というきっかけはどう?」
「主人公可哀想」
立ち姿も知らない架空のキャラクターに同情してしまった。悪口が全然気にならなくなるくらい悪口言われまくってるってどんなだよ。私だったらそんな学校もう行かないよ。
とはいえ、もしヒロインを悪口キャラにするなら、そういう取っ掛かりしかなさそうだ。
「じゃあ、そんな感じで文章にまとめてくればいい?」
「えぇ!」
こうして、差別に配慮したとされるクソつまんなさそうなゲームのあらすじを文章にすることが確定した。壁に貼ってあるシフト表に目を移すと、私の行と木村の行が重なっているのは、三日後だった。
「次に会う時に渡すわ」
「気になるから、できたらメッセージで送って。ライン交換しましょ」
「あ、うん」
百合ゲーの原案を作るという目的でラインを交換する女ってどれくらいいるんだろう。少なくとも私の身の回りにはいない。妙な縁でちょっと仲良くなってしまったとか、いっそ私らのことを百合ゲーにした方がまだマシなんじゃないか、なんて考えていると、またドアが開いた。かなり乱暴な開け方で、見る前に誰か分かった。副店長だ。
「おい、休憩早めに上がってくれ」
「え、でもまだ時間」
「俺が入るんだよ。狭いしうるさいから。ちゃんと出た分はつけとくから、いいだろ」
高圧的な態度でそう言うと、彼はドアを開けて待機した。今すぐ出て行けということらしい。働いた分はちゃんと払うなんて当たり前なのに、それさえすれば何をしてもいいと思っているようだ。
ゴミを片付けて、木村の後に続いて店に出る。通路に出ると、彼女の横を歩く。そして、木村が吐き捨てるように呟いた言葉に、耳を疑った。
「私アイツ嫌いなのよね」
「木村……」
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