第6話 蛇、青年、妖精

 めぐみはしどろもどろになりながら道なりに駆け抜けていく。


 どれだけ走っていたか、彼女は分からない。息が切れはじめ、足がどんどん重くなる。ゆれるからだ以上に視界がぐらつく。


「バン!」


 目に入った引き戸を思いきり開け放ち、よろめきながら進む。首まで重くなり、視線が足先より前方へ向かない。


 狭まった視界でも、茶色いテーブルのようなものが見えた。ふらつきながらも、それに押し付けるがごとくからだを預けようとした。


(一息……一息だけでも……)


 酸欠になり、吐息がざらついた音と一緒に漏れる。わらにもすがる思いで預けたテーブルは、きしみながら円回転に動いた。テーブルだと思ったのは、開閉が可能な仕切り板であった。


 勢いをつけて地面に激突した。衝撃が腹まで響く。全身に痛みが走り、鈍い後味を残していく。痛みに表情を引きつらせながら、顔を上げる。視界は汗がにじみモザイクがかって見える。


 3つ、影が見える。


 それぞれが立ち上がり、近づいてくる。


「あなた、大丈夫?」


「お目覚めか」


「マオーの知り合い?」


「あれだよエルちゃん、新入団員の天野めぐみさんだ」


「あぁーそうか!そうでなきゃ、カウンターから出てこないよねぇ」


 会話はめぐみを残して繰り広げられている。前腕で目にかかった汗をぬぐうと、声の主が見えた。


 アジア人の特徴を持つ美人なお姉さん。髪は黒髪のロングであり、艶がある。腰に布を巻いているが、それ以外に衣服は身につけていない。布下、からだの造形的に太ももの部分から下は、ウロコをまとった大蛇が伸びている。


 高校生くらいの男の子は人間のからだをしている。髪はストレートでおしゃれに決まっている。旅芸人風の派手な服装。これと言って変なところはない。


 子供の女の子は耳がとんがっており、トンボの羽に似た、しかし神聖な光をまとったものが背中から出ている。服装の作りはよく分からないが、ヨーロッパ貴族が着ていてもおかしくない格を感じる。


 めぐみは震えていた。筋肉繊維が慣れない運動でけいれんしていたのと、脳が軽いパニックを起こし、信号の伝達がうまくいかない。


 彼女は何か言わなければと即座に考える。けれども、脳が働かない。瞬時に、効果的に、自分の味方になってくれそうな一言を探る。何も思いつかない。焦りだけが積り、それを意識すると顔がみるみる赤くなっていく。


 フードから守ってくれる言葉。そこでめぐみはピンときた。


「あっ!あっ!愛してる!!!」


 喉からドジョウが出そうな声で言った。


(あ、これ違う間違ってる)


 言ったそばから自身のセリフを反省する。それは寝そべった姿勢と過呼吸気味の興奮状態から来る、別のシチュエーションで使ってきた言葉だ。彼女は熱帯夜の記憶から、無意識に回答を持ってきたのだった。


「……」


「……」


「……」


「……」


(どうしよう……ハレンチな女だと誤解されちゃうよ……どうしよう、顔見れない)


 めぐみは目の前の3名にいらぬ心配をしていた。


(かなりやばい雌だわ)


(ぶっちぎりでいかれた女性だ)


(マジもんの関わっちゃダメな人だぁ)


 ハレンチどころではなかった。異世界の3名はあごを引き、目を点にして言葉を探していた。どうにかこの場を離れられる一言を紡ごうとしていた。

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100回ダメでも101回目に異世界内定もらいました ドンカラス @hakumokuren0125

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