最終話 難易度ノーマル

「よしよし。毎度お馴染み、魔王の軍勢がやってきたぞ」


 草原に出たユータは、これまでのように街へ逃げなかった。

 剣を構えたまま、魔物たちが自分を取り囲むのを待つ。


「キシャアアアアー!!」

「注意すべきは僕の四方にいる敵だけ。これなら楽勝だな!」


 ユータは、スライムに取り囲まれた瞬間、


「くらえ! 回転斬りだ!!」

「ギャアアアアー!」


 体を一回転させながら斬りつけると、四方にいたスライムが奇声を上げて消滅した。

 後ろに控えていたスライムが、再びユータを取り囲むが、


「お前たちにも、僕の剣をたっぷり味合わせてやる!」


 剣を振る毎に、魔物はどんどん消滅していった。


「これで十体は撃破したな。今回はいい感じだぞ!」


 ようやく勇者として一歩踏み出せた、とユータは笑みを浮かべた。


「……スライム軍団はこれで終わりか」


 次にユータを取り囲んだのは、鋭い牙と爪を持つ獣人だった。


「フッ。誰が来ようが戦い方は変わらない。僕を止められるかな?」


 ――ザシュ。


 何か音がしたと思った瞬間、腕に傷ができる。


「なんだこの傷は!? ま、まさか……」

「グルルルル」


 ザシュザシュ!


「速い……! 速すぎるっ!!」


 獣人は鋭く尖った爪で、ユータの体をえぐる。

 あまりの速度に、ユータは避けることも防御することもできない。


「これでは、いくら集団戦闘が禁止されたとしても……!」


 四方から獣人たちに攻められ続け、ついに――、


「ぐああああっ!」


 勇者ユータは、あえなく力尽きてしまった。




 ユータが教会に戻ると、女神は満面の笑みで待ち受けていた。


「あらあら。今回も失敗しちゃったんですね。本当に残念です〜」

「なんだか、めちゃくちゃ嬉しそうに見えるんですけど……」

「いえいえ。そんなことはありませんよ」


 ユータはがっくりと肩を落とした。


「まさか……あんな素早い敵がいるなんて」

「魔物にも色々いますからね」


 ユータは女神に向かって両手を差し出す。


「ああいう敵を倒す力をプリーズッ!」

「お願いの仕方……雑になってきてませんか?」


 女神はため息をついた。


「まあいいでしょう。しかし、これを渡すと奇跡の力の大半を授けたことになりますよ」

「……伝説の勇者になるのは難しそうですが、ちょっとすごい勇者を目指します」

「なんじゃそれは」


 女神はあきれた。


「それで、素早い敵を倒す力とはどんなものですか?」

「連続攻撃の禁止です。つまり、攻撃はお互い順番に行うというものです」

「順番に……?」

「はい。勇者と戦闘になった魔物は、攻撃の順番を縛られるのです。勇者が攻撃したら、次は敵の攻撃に。敵が攻撃した後、再び勇者が攻撃する番となります」

「おお! それなら相手がいくら素早くても大丈夫ですね!」

「ええ、では早速――」


 女神のかけ声と同時に、ユータの体が淡く輝いた。


「力の付与が完了しました。ですがこの力があっても――」

「もう何度目か忘れたけど……また冒険のはじまりだっ!」


 勇者ユータは勢いよく教会を飛び出ていった。


「……相変わらず、話を聞かねえなっ!」


 女神は、近くにあった祭壇を思い切り蹴り上げた。




 草原に出たユータは、スライム軍団を順調に倒していく。

 そして、前回やられた獣人軍団と相対した。


「グルルルル」

「よし、今度は負けないぞ!」


 ユータが意気込んだ瞬間、獣人の鋭い爪が襲ってくる。


「相変わらずの速さ! だが――」

「グルルッ!?」

「ふふふ、連続で攻撃できないだろう。次はこっちの攻撃の順番だ!」


 剣を全力で斬りつけると、


「グルアアアアッー!!」


 獣人は断末魔の叫びを上げ、消滅した。


「いくら素早くても、一発ずつの攻撃力は僕に敵わないようだな」


 調子を取り戻したユータは、手当たり次第、周囲の魔物を消し去っていった。

 魔物たちは分が悪いと感じたのか、攻める勢いが弱まる。

 ユータは空に向かって剣を掲げ、叫ぶ。


「どうした! 僕を倒そうという気概のある者はいないのか!!」

「……では、ワシが相手をしよう」


 軍勢の奥から、低い声がした。


「ほう。エラそうな口を利くのは誰だ――正義の一撃をくらえっ!」


 ユータは相手の姿も見ずに、全力で剣を振る。

 しかし、いとも簡単に弾き返されてしまった。


「なにっ!? 全力で斬りつけたのに……!」

「なんだ、この弱々しい攻撃は」

「……」


 ユータは声の主をまじまじと見た。

 黒く輝いた巨大な体、頭には二本の角、背中にはコウモリに似た二対の翼。

 他の魔物よりひと回りも大きく、どこか威厳が感じられる風貌だった。


「あの……あなたはもしかして」

「ワシこそ、この魔物たちを統べる魔王だ」

「へ、へえ……」

「いつもは女神の力によって、魔王城から一歩も出れないのだが――」


 魔王は首をかしげた。


「今回はなぜか自由に動けてのう。勇者を倒すために前線までやって来たのだ」

「……そうなんですか」

「それにしても……お主が今回の勇者なのか? これまで戦ってきた勇者と比べると、えらく弱い一撃だったのう」

「それは、僕にまだ戦いの経験値がないからだ! もっと実戦を積めば、お前なんか!」

「ほう」

「――だから、しばし待ってくれたまえ」


 ユータはその場から、そそくさと退散しようとした。だが――、


「待たれよ」

「へ?」

「次はワシの攻撃順番だ」


 魔王はささやかな一撃を繰り出す。


「ぐああああっ!」


 もちろん、勇者ユータはあっけなく力尽きるのだった。




「やっぱり……」


 教会に戻ったユータを、女神はあきれたように見た。


「いや、だって! いきなり魔王が出てくるなんて反則ですよ!」

「向こうも必死ですからね」

「くそ……一体どうすればいいんだ」

「まあ、ああいう状況を防ぐための力もありますよ」

「そんな便利な力があるんですか!?」

「ええ。勇者へ戦いを挑む魔物の順番を制限する力です。必ず弱い魔物から戦わせないといけません」

「それはすごすぎる……!」


 ユータはふと魔王の言葉を思い出す。


「魔王は『いつもは城から一歩も出られない』と言っていました。もしかして――」

「はい。魔王が一番強いわけですから、他の魔物がすべてやられるまで、魔王は何もできなくなるわけです」

「よし! その力を早く僕に!!」

「ええ、いいでしょう」


 女神のかけ声と同時に、ユータの体が淡く輝いた。


「力の付与が完了しました」

「今度こそ、魔王を倒せるぞ!」

「……ちなみに、これで私の力はすべて授け終わりました」

「え」


 ユータは目を見開いた。


「それじゃあ……僕は伝説の勇者でも、ちょっとすごい勇者でもなく……」

「はい。いつも通りの勇者です」

「ウソだろ……伝説になって美人のヒモになる夢が……」

「残念ながらそれは叶わないませんね」

「そんなあ……」


 その場にへたり込むユータに向かって、女神は優しく微笑む。


「元気をだしてください」

「え?」

「これまでの勇者は、私の力を当然のように受け取り、魔王を倒してきました。もちろん、それが悪いわけではありません。ただ、自分の力で何とかしようとしたあなたは立派だと思います」

「僕が立派な勇者……」

「そうです。うまくいきませんでしたが、あなたは自分を誇っていい」

「女神様……」

「さあ、立ち上がりなさい。今度こそ魔王を倒すのです」

「は、はいっ!」


 勇者ユータは女神の激励を受け、立ち上がった。


「私が最後まで応援しますからね」


 女神は春風のように優しい笑みを浮かべる。

 それを見たユータの心臓が、ドキンと音を立てた。


(なんで今まで気づかなかったんだろう……。美しい容姿、圧倒的な力――何より僕を心から応援してくれている)


 理想の女性は、目の前にいたのだ。

 ユータはやわらかな笑みを浮かべる。


「女神様……」

「はい。なんでしょうか?」


 女神とユータは見つめ合う。


「魔王を倒したら、僕と付き合ってくだ――」

「絶対ムリ」


 勇者ユータは、再びあっけなく力尽きた。

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蘇る度、伝説でなくなる勇者 篠也マシン @sasayamashin

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