第2話 難易度ハード

 街を出てしばらくすると、ユータは広い草原に出た。

 日々の鍛錬に使っている見慣れた場所。しかし、今は様相が違っている。

 水平線の向こうに、たくさんの怪しい影がうごめいていた。


「あれは……魔王の軍勢か。僕が返り討ちにしてやる」


 復活した魔王は、世界征服に向けて早速動き出していた。

 魔王の軍勢が近づくにつれ、その姿がはっきりしてくる。

 不規則に形状を変えるスライム、鋭い牙と爪を持つ獣人――数多の種類の恐ろしい魔物が迫ってきていた。


「今こそ、鍛錬の成果を見せよう」


 ユータは剣を抜き、切っ先を魔物たちに向けた。


「――それにしても、随分数が多いな。えっと、一、二、三……」


 なかなか数え終わらない。そして気づけば、


「九十九、百……!? めちゃくちゃ多いぞ!」

「キシャアアアアー!!」


 魔物たちが猛々しい声を上げ、ユータに迫りくる。


「ふん。百体程度ならやれるさ!」


 ユータは意気込んだものの、壁のように押し寄せる軍勢の迫力に後ずさる。


「――いや、これはムリ! 一時退却ー!!」




 街の入口近くにいた村人が、全速力で向かってくるユータに気づいた。


「あそこにいるのは――ユータか」

「ついさっき魔王討伐のために出ていったようたが、もう倒してきたのか?」

「いやいや、さすがに早すぎるだろう」

「……よく見ると、何かに追いかけられてるようだぞ」


 村人たちは目を凝らす。


「あ、あれは――魔物の大群!?」


 村人たちは驚き、街のみんなに危険を知らせようと走った。

 

 しばらくして、ユータは息も絶え絶えに街へ辿り着く。

 ユータは急いで小さな門を閉じ、腰を下ろした。


「ふう……何とか街の中に避難できた。ここで体勢を整えて、反撃を――」


 街の周囲には柵が張り巡らされており、ちょっとやそっとの力じゃ入ってこれない。


「キシャアアアアー!!」

「――ってちょっとやそっとの力じゃない!」


 雪崩のように押し寄せる軍勢は、門と柵を軽々吹き飛ばし、ユータに迫る。


「ぐああああっ!」


 勇者ユータは軍勢に押し潰され、あっけなく力尽きた。




「はっ! ここは……」


 気がつくと、ユータは街の教会に立っていた。

 目の前には、あきれた表情の女神がいる。


「だから、『待って』と言ったのに……」

「女神様!? 僕はやられてしまったんですか?」

「ええ。天からあなたの様子を見ていましたが、とてもあっけなくやられました」

「そ、そんなあ……」


 ユータはがっくりと肩を落とした。


「あれ? でも僕……まだ生きてるみたいです」

「ええ。生きてますよ」

「へ」

「あなたが教会を出ていく瞬間、ギリギリのタイミングでしたが、一番大切な力を授けることができました」

「一番大切な力……?」

「時を戻す力です。魔王を倒すまで、あなたは何度でもやり直すことができるのです」

「え! そんなすごい力があるなら、早く授けてくださいよ!」

「ええ。ぜひそうしたかったんですけど」


 女神は顔をひきつらせて笑った。


「これで、魔王の恐ろしさが分かったでしょう? だから、大人しく私の持つすべての力を――」

「……勝てた」

「は?」

「街で体勢を立て直せていれば、僕は勝てた!」

「いやいや。無理でしょ」

「なるべく女神様の力を借りずに勝ちたいんです! そうしないと、僕を養ってくれる素敵な女性が現れないでしょう……」

「だから、その不純な動機は止めて」


 ユータは女神の言葉をサラリと聞き流す。


「……授けられる力の中に、ちょうどいいものはありませんか?」

「まあ、あるにはありますけど」

「それはどういう力ですか?」

「街の中に魔物を入れなくする力です。あなたが街にいるだけで、そこは安全地帯になります」


 ユータは純粋な子供のように目を輝かせた。


「ぜひ、その力を僕に! 他の力はいりませんので」


 女神はユータの考えをいさめようとしたが、すぐに思い直す。


(とりあえず、失敗しても時を戻せるしな……)


 女神はユータに気づかれないように、ため息をついた。


「――いいでしょう。えい!」


 女神のかけ声と同時に、ユータの体が淡く輝いた。


「おお! なんか力がみなぎってくる!」

「いや、別にそういう効果はありませんから」


 ユータの体の輝きは徐々に収まる。


「力の付与が完了しました。勇者よ、再び魔王軍に立ち向かうのです」

「さあ、再び冒険のはじまりだっ!」


 勇者ユータは勢いよく教会を飛び出していった。




 ユータは再び草原に出た。

 水平線に目を凝らすと、先ほどと同じ魔王の軍勢が見える。


「……本当に時が戻ったんだな」


 魔物たちはユータに近づくにつれ、歓喜の声を上げはじめる。


「キシャアアアアー!!」

「よし――うまく引き寄せながら、街へ退却だ」


 魔物たちから一定の距離を保ちながら、ユータは駆けた。

 街まで戻ると、ユータは入口でくるりと振り返った。

 雪崩のように押し寄せる魔物の進軍が、街の入口で止まる。


「キ、キシャア?」

「さすが女神様の奇跡の力! 魔物は街へ入ってこれないようだな」


 魔物たちは透明な壁に遮られたかのように、一歩も進めない。

 ユータは、先頭にいるスライムを斬りつける。


「ギャアアアアー!」


 スライムが奇声を上げ、煙のように消滅した。

 ユータは「よし」と小さくガッツポーズをする。


「このまま一体ずつ倒していけば、いつか軍勢を全滅させられるな」


 ユータは思わず表情を緩めた。

 数体のスライムを倒し終えた時、背中から声をかけられる。


「おい、ユータ」


 振り返ると、そこにいたのは体格の良い村人だった。


「なんですか? 僕は魔王の軍勢との戦いで忙しいんです」

「完全に街を囲まれてしまってるけど、大丈夫なのか?」

「安心してください。女神様の力で街には一歩も入れませんので」

「明日、隣の街に用事があって、街を出たいんだが……」

「残念ですが、魔王を倒すまで待っていてください」

「女神様から色んな力を授かってるんだろ? ちゃっちゃっと倒してくれよ」


 村人は「がはは」と豪快に笑いながら、ユータの背中を叩いた。


 どんっ!


 ふいに、ユータの体は街の外へ出てしまう。


「あ」


 ユータと村人の声が、ハーモニーのように美しく重なった。


「キシャアアアアー!!」

「ぐああああっ!」


 勇者ユータは魔物たちに取り囲まれ、あっけなく力尽きた。




「あら。随分お早いお帰りでしたね」


 女神は少し嬉しそうに言った。

 時が戻され、ユータは再び教会に立っていた。


「やられたのは、僕のせいじゃないですよ!」

「そうとも言えますが――仮にあの村人がいなくても、直にやられていたと思います」

「どういうことですか?」

「魔王軍の物量は圧倒的です。街を囲んで兵糧攻めでもされたら、いずれ力尽きたことでしょう」

「……たしかに」

「いくら街が安全地帯だからといって、そこにこもって戦うのは得策ではありません」

「でも街を出て戦えば、あっという間にやられますよ?」


 ユータはジトっとした目で女神を見た。

 女神はそれを可憐な笑みで受け流す。


「そういう状況を防ぐ力があります」

「え! それは一体どんなものですか?」

「集団戦闘の禁止です。たくさんの魔物がいても、近くにいる四体しかあなたを攻撃できなくなります」

「ぜひ、その力を僕に!」

「ちなみに他にももっと便利な力が――」

「いえ、他はいりません」


 ユータはきっぱりと断った。不純な願いを叶えるため、授けられる力はどうしても最低限にしたいらしい。

 女神はいらだちを抑え、なるべく穏やかな表情をつくった。


「……いいでしょう。えい!」


 女神のかけ声と同時に、ユータの体が淡く輝いた。


「力の付与が完了しました。勇者よ、改めて魔王軍に立ち向かうのです」

「さあ、再々冒険のはじまりだっ!」


 ユータは勢いよく教会を飛び出ていった。

 女神は晴れやかな笑顔で見送った後、つぶやく。


「失敗しろ失敗しろ失敗しろ失敗しろ……」

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