蘇る度、伝説でなくなる勇者
篠也マシン
第1話 オープニング
ここは、とある街の近くにある草原。
今年で十六歳になる少年ユータは、いつものように剣の鍛錬に励んでいた。
「魔王の復活まで……もうすぐか」
ユータの頭の中に、幼い頃の記憶が蘇る。
「長老様! 勇者様のお話聞かせて」
「ユータは本当にその話が好きじゃのう。もう数えきれないほど話したというのに」
「だって、何回聞いても面白いんだもん」
「やれやれじゃ。では話すとしようかのう」
幼い頃、ユータは古の物語を聞かせてもらうため、よく長老の家に押しかけていた。
長老は微笑み、小さく咳ばらいする。
「――これは、遥か昔に起きた戦いの物語じゃ」
ユータは内容を知っているにも関わらず、目を輝かせた。
「ある日、平和なこの世界に恐ろしい力を持つ者が現れた。その名は『魔王』。たくさんの魔物を率い、世界を征服しようとしたのじゃ」
長老は、ユータを怖がらすように低い声で言った。
「その時、この街に住む一人の男が立ち上がった。その男は女神様から奇跡の力を授けられ、魔王に戦いを挑んだのじゃ」
長老は杖を剣に見立て、その場で何度も振る。
ユータの目には、魔物を次々に倒す勇者の姿が見えていた。
「そして、男はついに魔王を倒した。勇敢に戦った男は『勇者』と呼ばれるようになり、人々から末永く称えられたのじゃ」
「勇者様……やっぱりカッコイイ!」
満足気なユータを見て長老は微笑んだ。
だが、すぐに笑みを消す。
「……そろそろ、ユータに話しても良いかのう」
「何の話?」
「実はな。この話には、続きがあるんじゃ」
「え?」
「魔王はまだ完全に死んでおらぬ」
「ええ!?」
「魔王は百年毎に復活するのじゃ。今でも世界征服をあきらめておらん」
「そ、それは大変だ!」
ユータの顔がみるみる青くなった。しかし、
「あ。魔王が復活しても、勇者様がいるなら大丈夫か」
とホッとするのだった。
その様子を見て、長老はあきれる。
「これこれ。勇者様はとっくの昔に亡くなっておるぞ。人の命は、魔物に比べてとても短いのじゃ」
「それじゃあ一体どうしたら……」
「ほっほっほ、安心せい。魔王が復活する時、女神様はこの街の者から新たな勇者を選ぶ。そして、古の物語のように奇跡の力を授けられるのじゃ」
「女神様に選ばれたら勇者に……」
ユータの表情が一気に明るくなった。
「長老様! 次に魔王が復活するのはいつなの?」
「十年後じゃな。もしかすると――」
長老はニヤリと笑った。
「ユータが勇者に選ばれるかもしれんのう」
「――あれからちょうど十年」
長老の話を聞いてから、ユータは毎日欠かさず鍛錬に励んできた。
最初は重く感じた剣も、今は手足のように軽々と扱える。
「ふう。今日はここまでにするか」
ユータは剣を鞘にしまい、額の汗をぬぐった。
その時、異変に気づく。
「……なんだ。西の空がやけに暗いぞ」
太陽はまだ沈んでおらず、夜の闇とは思えない。
大変なことが起きたに違いない。ユータは街へ向かって駆け出した。
「おお、ユータ。戻ったか」
街に戻ると、異変を知った長老をはじめ、たくさんの村人が空を眺めていた。
「長老様。あの空は一体……」
「……かつて見たことがある。うんと幼い頃……百年前のことじゃったか」
「ま、まさか――」
ユータは拳を強く握りしめた。
『――皆の者、聞こえますか?』
(なんだ!? 頭の中に直接声が聴こえる……)
ユータは驚き、辺りを見渡す。
周囲には村人がいるだけで、声の主は見当たらない。
「この声は……女神様じゃ!」
長老が声を少し震わせながら叫んだ。
『再び、魔王が復活の時を迎えました』
「やはりそうじゃったか……」
「はい。百年ぶり、十回目のことです」
(久々に祭りを開くみたいな言い方……)
ユータは心の中で少しあきれた。
『しかし、心配はいりません。闇が現われる時、光もまた現れるのです』
「……勇者様のことですな」
『その通りです』
(ついに、この時が来たか……!)
ユータは鼓動の高鳴りを感じた。
これまで苦しい鍛錬を積んできたのは、すべてこの時のため。
『厳正な審査を重ねた結果、ある者を勇者として選びました。その者の名は――』
女神は言葉を止め、もったいぶるように沈黙する。
(俺だ俺だ俺だっー!)
ユータは心の中で、自分に向かって激しく指を差す。
『弱冠十六歳の少年ユータ! あなたです!!』
「キ、キタああああっー!!」
ユータはひざまずき、両手を天に掲げた。
(頑張ってきた甲斐があった……!)
ユータはこれまでの日々を思い出し、目を潤ませた。
『この後、勇者ユータにはあらゆる奇跡の力を授けます。街の教会まで来てください』
「はい! 分かりましたっ!」
ユータは空に向かって敬礼した後、誇らしげに村人たちを見た。
しかし、
「勇者も無事選ばれたし、一安心だな」
「そうね。ユータが魔王が倒すまでの間、遠出はしない方がいいかも」
「たしかに。戦いに巻き込まれないように、気をつけよう」
村人たちはのん気に談笑していた。
(なぜだ!? みんな反応が超薄いぞ)
ユータは村人たちに向かって叫ぶ。
「みんな、のん気過ぎやしないか!? 僕が負けたら世界が滅ぶんだよ?」
「ほっほっほ。ユータよ、そんな心配しなくて良いのじゃ」
長老がユータの肩を軽く叩いた。
「どういう意味ですか?」
「女神様の奇跡の力があれば、魔王は必ず倒せる。なにせ、これまで十回も繰り返されたことだからのう」
「そうそう。魔王と比べたら、予想のつかない地震や洪水の方が怖いぜ」
村人たちは「違いねえ」と笑った。
「そ、そんな……」
「さあユータ。早く教会へ行くのじゃ。女神様が待っておるぞ」
ユータは釈然としない表情のまま、教会へ向かった。
「おお、勇者ユータ。よく来てくれました」
ユータが教会に足を踏み入れると、祭壇の前に一人の女性が立っていた。
透き通るような白い髪と肌。あまりの美しい容貌に、ユータは思わず息を呑んだ。
「あなたが女神様ですか……?」
「はい、その通りです」
女神は春風のように優しく微笑んだ。
「あなたのことは、天界よりずっと見ていました。魔王を倒すために、日々鍛錬を続けていた。そんな正義の心を持つあなたこそ、勇者にふさわし――」
「違う」
「え?」
「思ってたのと、なんか違ーう!!」
ユータが頭を抱えるのを見て、女神は慌てた。
「ええ!? どういうことですか?」
「最初の頃は勇者に純粋に憧れ、鍛錬を続けていました。ですが、ふと心配になったのです」
女神は首をかしげる。
「何を心配しているのですか?」
「勇者として魔王を倒した後、どうなるのかと」
「向こう百年、世界が平和になります。とても素晴らしいことです」
「いえ。世界でなく、僕自身のことです」
「はあ」
「幼い頃から剣の鍛錬しかしていないので、手に職がない。平和になった世界でどう生活していけばいいのだろうと」
「そ、それは……」
「長老様の話によれば、勇者は人々から末永く称えられると聞きました」
「ええ。その通りです」
「なので、魔王を倒した僕はモテモテになり、素敵な女性に終生養ってもらう計画だったんです」
「なんかすごい不純な動機……」
「ですが、どうでしょう。街の人々はもう世界が救われた気でいる!」
「もう十回も繰り返されてきたことですからねえ」
「これでは称えられることはない。僕の計画は丸つぶれです!」
「そう言われましても……」
「だから、僕は考えました」
女神はユータの悲しそうな目を見て、焦る。
「もしかして、勇者をやりたくないと言うのですか? それは困ります! この街にあなたほど勇者にふさわしい人間はいません」
性格はさておき、と女神は心の中で補足した。
ユータは力強く首を横に振る。
「いえ、そんなことはしません」
「よ、良かった……」
「ただし――」
とユータは鋭い目で女神を見つめる。
「女神様の奇跡の力を借りず、自分の力だけで魔王を倒そうと思います」
「へ」
「そうすれば、僕はみんなから称えられる伝説の勇者になれるでしょう」
「ええ!?」
「女神様、見ててください! 魔王を倒したら、僕がいつもよりすごい勇者だったと、みんなに広めてくださいね」
「ちょ、ちょっと待って!」
「いくぞ! 冒険のはじまりだっ!!」
勇者ユータは、勢いよく教会を飛び出していった。
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