ナンパ③

 まずはじめに、ユキが起きた。

「……めっちゃ寝た。あれ? 起きてるのコノミとシンジ君だけ?」

 そうだ、とコノミが答えると、「二人、いい感じじゃん。もしかして起きない方がよかった?」とユキはコノミをからかう。「そんなんじゃないよ!」とコノミは慌てて言った。


 ユキの提案で、店員さんからマジックペンを借り、デイブの顔に落書きしようとしたところでデイブは目覚めた。「なんだつまんないなぁ、寝たふりくらいできないの?」とユキは言った。寝ぼけて事情が掴めていないデイブは、「ご、ごめん」と普通に謝り、それを見て三人で大笑いした。


 会計を済ませて外に出ると、空は少しだけ明るくなり始めていた。涼しいし、空気も澄んでいて気持ちがいい。思わず深呼吸すると、隣で歩いているコノミから微かな甘い匂いがして、少しだけ胸が苦しくなった。他の二人には聞こえないように、コノミに「また連絡するね」と言った。コノミはこちらをちらりと見て、すぐにまた前を見て、こくりと頷いた。


 デイブが言う。「もうすぐ始発出るし、そろそろ解散しよっか。二人とも、駅まで送るよ」

「えー、もうちょっと飲んでこーよ」とユキは言うが、デイブは取り合わない。

「そうだ、連絡先交換しよ」とユキが言うが、デイブはなぜか「いや、ごめんね」と言う。ユキは少しショックを受けたようで、すがるような目で僕を見て「シンジ君は?」と聞く。僕は「ほんとごめん、スマホ家に置いて旅行中なんだ」と申し訳なさそうに答えた。ユキは「……じゃあしょうがないね」と言う。


 駅の改札前に着く。デイブは手を振って「じゃあね。楽しかったよ、ありがとね」と言い、駅を後にする。僕は二人が改札の向こう側に行くまではその場にいて、二人がこちらを振り向くと、軽く手を振った。二人も手を振り返してくれた。


 デイブと二人、最初の夜に寝た駅前のベンチに座った。

「連絡先交換しなくてよかったの?」と、僕はデイブに聞く。

「……最初は、めっちゃ楽しかったんだけどさ……なぜか分かんないけど、急に今すぐ彼女に会いたくなった」

「……そっか」

「だから……ごめんな。俺、もう東京戻ろうと思って」

「気にしなくていいよ、楽しかったよ」

「俺も。そうだ、東京に戻ったらまた会おうぜ」と言って、レシートの裏側にラインIDと電話番号を書き、僕に渡した。デイブはやけにスッキリした表情をしていた。元々爽やかな印象の顔立ちだったが、今はさらに磨きがかかって、男の僕でもドキッとしてしまいそうだ。

 デイブは「じゃあ、またね」と言って、置いていたギターケースを勢いよく肩にかけ、歩き出した。僕が「改札まで送るよ」と言うと、「男に送られてもなぁ」とデイブは笑った。


 デイブは改札の中に入っていく。なんか、ユキとコトミが向かった方向と同じ気がする。始発が出るまでもうしばらく時間があるし、ばったり遭遇して気まずくならなければいいがと思いながらも、それもデイブらしくていいかもと思い、一人で少し笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さまーぶれいく @2525lilypeanuts

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ