ナンパ②
デイブとユキは散々飲んで歌って、寝てしまった。僕とコノミは起きていて、もうカラオケの曲は入れていない。テレビ画面からはよく分からない宣伝が流れている。僕はこの間、夜の店で初めて飲んだウイスキーのストレートをまた頼み、かっこつけてちびちびと飲んでいる。コノミは梅酒のロックを飲んでる。ずっと飲んでるのに、全然顔が赤くなったりしない。
先に僕が口を開く。
「お酒、強いんだね」
「そうみたい」
「今日、どうして来てくれたの?」
「……デイブ君がイケメンだったから」
「そっか」
「でも……ちょっと残念イケメンかも」
僕は思わずウイスキーを吹き出してしまった。
「ごめん、かかった?」
「大丈夫」コノミはにっこり笑った。
笑うと雰囲気が変わるなと思った。全体の印象としては少し暗そうに見えるが、よく見ると、とても綺麗な目をしていた。
しばらく沈黙が流れる。
今度はコノミが口を開いた。
「本当はね、自分を変えたいと思ってここに来たの」
「……自分を変えたいの?」
「うん、そう。たまに思うんだ。このまま歳を取って、誰も好きにならないまま死んでいくのかなって」
「……」
「一人で夜、考えたりする」
「……そうなんだ」
「デイブ君みたいな人だけだったら、付いていかなかったよ」
僕は何て返事をしたらいいか分からず、黙ってグラスを飲み干した。そして、中島みゆきの『時代』を歌った。コノミは椎名林檎の『ここでキスして。』を歌った。萌え声っぽい人が乱暴に歌うのも、何だかいいなと思った。
コノミは梅酒のロックをまた注文した。僕も変にかっこつけて、またウイスキーのストレートを注文した。
届けられたウイスキーを一口飲んで、猛烈な吐き気がやってくる。ここで吐いてはいけない。「ちょっとオシッコ」と言わなくていい排泄の種類まで言ってドアを開け、廊下に出た瞬間トイレにダッシュした。何とか間に合い、個室で吐く。洗面所で口をゆすぎ、涙目だったためトイレペーパーで念入りに涙を拭った。
部屋に戻り、何事もなかったかのようにゆっくりと椅子に座る。コノミがじっくりと僕の顔を見てくる。そして言う。
「大丈夫?」
「大丈夫って……何が?」
「……吐いたでしょ」
「……全然吐いてないよ」
コノミは口にしていた梅酒を吹き出す。
「笑っちゃってごめん、かかった?」
「かかったけど……大丈夫」
「何それ」コノミは笑う。今日一番の笑顔だった。
暫く笑った後、コノミはスマホを取り出し、ラインをひらく。
「ねぇ、交換しない?」
「……ごめん、スマホ持ってきてないんだ」
「……そっか、ごめん」笑顔だったが、少し寂しそうにも見えた。
僕は慌てて言った。
「本当に、衝動的に電車に乗ってきちゃったんだ……でも家に帰ったら必ず連絡するから、この紙にID書いてほしい」
じっと僕の目を見つめてきた。眼鏡の奥の透き通った目が僕を動揺させる。コノミは言う。
「約束だよ」
紙ナプキンにラインIDを書いて僕に渡す。僕は財布にそれをしまった。
ウイスキーを一口飲む。今度は吐き気はやってこなかった。
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