土の蝉

e層の上下

土の蝉

 自我が芽生えた時は、すでに暗闇の中だった。

 ただひっそり土の部屋の中、木の根のチューブから養分をすするひきこもりになっていた。

 理由は知らない。気が付いてたらいつの間にか”そこ”にいたのだ。

 土の中は暖かく、居心地はよかった。

 ただなにも娯楽はなく、四季を感じることもない。

 考えるのは今なぜ生きているのか、ということ。

 暗闇の中で、丸まっているだけでちっともおもしろくない。

 変化と言えば、部屋中が水浸しになるくらいだ。

 地上では雨が降っているのだろう。ちいさな変化だった。

 でも希望はある。それは外の世界に出て女の子といちゃいちゃすること。

 そのための秘策も用意してある。

 まず大空を飛べる羽をもつこと。これで自由に大空を飛び女の子を探しに行くことができる。

 土の外は子供のころ見たおぼろげな記憶しかない。空があり世界があった。

 自由を謳歌したい、そんなことを夢見ていた。

 次に体を使って歌うこと。誰の迷惑も考えず、ひたすら女の子を求めるラブソングを歌う。したいことはもちろんセックスだった。

 女が欲しい。欲しい欲しい欲しい。頭の中は女の事でいっぱいだ。いや、体中が欲しがっている。それを表すために歌うのだ。死ぬことさえいとわず。

 そう考えると心が次第に自由になる。いまの窮屈さなんて全てその時のための投資である。

 そう、いまはまだ”その時”を待てばいい。

 体が十分に育ったとき、きっと重力からのがれることができるだろう、そう考えた。


 それから4年ほどの月日が流れた。あくる日もあくる日もただじっとチューブで生きている、いや生かされている。木は母のようだった。

 ある不思議と暑い日の事だ。自らに爪があることに気が付いた。

 この爪を使えば、土を掘り地上に出ることができるのではないかと思った。

 そしてやってみると確かに掘れる。上に、重力に逆らうことができる。

 体は十分に大人になった。英気を養ったいまこそ外に出る時だと思った。

 

 母に別れを告げ、上へ上へと掘り進む。爪はやわらかな土を掘削していく。なかなかに外が遠い。子供のころ、こんなにも深く潜ることができたのかとうぬぼれた。

 しかし、この爪が確かに地上へと近づかさせてくれていることに喜びが感じられる。一かきするたび喜びがあふれる。ああ、これで大空と女の子と全てが手に入れられる、この時はまだそう思っていた。


 しばらく掘り進むと硬い土の層にやってきた。やけに硬い、そしてやけに熱い。

 掘ると爪がつっかかってしまう。さっきまでとの土とは違う、異質な土。

 ここだけかもしれない、迂回して外へ出よう。そう考えた。

 もうすでに地上の音が、漏れ聞こえてきていた。もう自由は近い。

 だがどこへ行こうともこの硬い土は行く手を阻んできた。

 爪でいくら、かこうともびくともしれないそれの正体はアスファルトだった。

 爪がひび割れようとも必死で掘った。血が出ようとも必死に掘った。でも……。

 

 掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても

 掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても掘っても


 地上が見えることはない、ただ爪がぼろぼろになり痛みが増すばかりだった。

 ひきこもっている間に蓋をされていたのだ。生きる意志の底が見えた。

 ぼろぼろの爪を見て死を悟った。このまま外に出られずに死んでいくのだと。


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ


 セックスがしたいセックスがしたいセックスがしたいセックスがしたい

 セックスがしたいセックスがしたいセックスがしたいセックスがしたい


 ……そう思っている間に夏が過ぎ、干からびて死んだ。

 光が見つかるのは数万年先だった。

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