期待の彼女

タンco

第1話

静かな路地、俺はやたらと重い自転車を鬱屈とした気分で押しながら帰路に着く。

その憂鬱さと言ったら、一人で抱え切れるものではないものの、それはどう頑張っても他人に相談できるものではなかった。


 

 彼女が欲しいのだ。絶世の美女が。

 まだ高校生のくせに生意気な、と思うかも知れないが、俺にとってはその夢は数年前に立てた誓いであり非常に切迫した状況でもあった。

 俺は友人と約束してしまった。必ず一年以内に絶世の美女の彼女を作ると。だがもう期限は近い。俺は今日もクラスの女子アタックするチャンスを窺っていたのだが結局今日も何もできなかった。


 重い気持ちが治ることもなく、やがて曲がり道に差し掛かった。曲がり角を抜ける時、俺は足元に気がついた。何か大きくて、細長いもの。俺は目を疑った。女だ。

 

 街灯に照らされてほっそりとした女が横たわっている。俺は暫く立ち止まって動けなかった。女がつけているのは肌着だけで、ほっそりとした体のラインよく見える。青白い街灯のせいか、死体にも見えるが、それが余計に優雅さを際立てている。俺は焦った。どうしたらいいのだろう。やはり警察を呼ぶべきか。それとも救急車か。

 俺はもう一度女を見た。やはり綺麗だ。まさに絶世の美女であろう。絶世の美女。俺は頭の中で呟いた言葉を反芻した。もし、この女が俺のものになれば。そんな考えがよぎった。そうすれば俺は友達との約束も果たせることになる。今ここで女を抱いて、証拠の写真を撮ってしまえば、それでよい。しかし、そんなことは到底許されないだろう。明らかに卑怯だし、そもそも犯罪だ。だが、俺はもうそんなことを言ってられる状況じゃない。俺は約束を守らなくてはならない。

 

 俺はゆっくりと女を抱き上げた。一切体に力を入れていないため本当に死体のように見えた。まずは家に連れて帰ろう。その後写真を撮ればいい。抱き抱えたまま少し歩いた時、不意に女が重くなったように感じた。俺はドキリとしながらゆっくりと視線を女に落とす。女はもう死体には見えなかった。瞳はギョロリと開いていて、閉じていた時よりも恐ろしく大きく感じる。血走った目はまっすぐに俺を見つめる。女の口が徐々に開いていく。俺は震えた。もしもこの状況を誰かに見られたら、弁明の余地はない。俺は目を瞑って身構えた。


 何秒経っただろう俺はもう一度女に目を向けた。目は閉じている。口も開いていない。助かった。幻覚だったのだろうか。焦っていたので幻覚を見やすかったのかも知れない。

俺はそそくさと自宅に女を運び入れた。


 俺は自宅に着くとどっさりとソファに腰を下ろした。暫く休憩したのち俺は女と向き合った。さて、証拠を撮る時だ。俺は女を抱き抱え、カメラを自分の方に向けた。女はまだ目を閉じているのでカメラの方に目を向けさせないようにした。俺は3枚ほど写真を撮り、ゆっくりと女を下ろした。これで終わりだ。卑怯だが俺は友達との約束を果たせたことになる。俺女に目を向けた。今更ながら本当に死体のようだ。俺は女の顔に触れる。すると、俺は違和感に気づいた。両手で女の顔に触れるとゆっくり、ゆっくりと三面鏡のように女の顔は開き出した。中にはメッセージ付きの紙が入っている。仰々しい太字でこんなことが書いてあった。


  「お前に彼女はできない」



 なんとも嫌な悪戯をする人がいるもんだ。俺は帰りの倍の憂鬱さで女を家の外に運び出した。途中で目が開いたのも悪戯だろう。あらかじめそうセットされていたに違いない。そもそもあんなにずっと寝ているわけないではないか。俺は適当な路地に女の人形を下ろした。きっとまた俺のような馬鹿が目を爛々と光らせて人形を手に取ることだろう。みんな彼女がほしくてたまらないのだから。

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期待の彼女 タンco @TANSANDENCHI

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