第13話 センニチコウ 2/2

 告白の場所はシェブールからそう遠くないところにあるエルフの住む森の入口となった。


 店を早めに閉めて俺とアンナで馬車に乗り込み、ロラン達と合流予定の森の入り口へ向かった。


 森の入口にある、エルフの里が先にあることを示す立て札の近くに二人はいた。


 エルフを見るのは初めてだが、美しい髪色にしなやかな身体つきは美女と言うに相違ない。


「ミシェルさん、鼻の下が伸びています」


 アンナが無機質な声で報告してくる。


「ばっ……そんな訳ないだろ!」


「はい。お決まりの冗談です」


「お前……成長したよなぁ……」


「私は機械人形ですので身体は成長しません」


「中身の話だよ」


「中身も鉄と油です」


「そういうとこは相変わらずなんだな」


 アンナは「何がだ」と言いたげに首を傾げて二人の方を見る。


 馬車から降りてセンニチコウの花束を持ち、二人へ近づいていく。


「ロランさん、お待たせしました」


 ロランは「ありがとうございます」と丁寧に礼をして花を受け取ると、エルフィンを森の中へ誘導する。


 さすがに告白の場面に俺達が立ち会うわけにはいかない。


 ここでロランを勇気づけるためだけにやってきたのだ。


「ロラン、こちらの方々は?」


「あ……えぇ、花屋のミシェルさんとアンナさんです。この花を持ってきてもらいました」


「花を?」


 エルフィンは眉をひそめる。


「この花はセンニチコウ。人間は花に言葉を添えます。この花には『不死』『永遠の恋』という意味が――」


「花は花だ。言葉なんて無いし、私達は不死ではない。それに花は大地から生えているからこそ美しいのだろう。それを切り取るなんて……野蛮だな」


 前評判通り、ロランの説明を遮ってまで否定する気難しさ。一昔前のアンナに引けを取らなさそうだ。


 第三者からすれば、エルフィンと毎日一緒だと気疲れしそうだが、俺もアンナと毎日仕事をしているので周りからは同じように見えているのかもしれない。


 ロランはエルフィンのこういった態度にも慣れたもののようで「まぁまぁ」と宥めながら森の奥へ行こうとする。


 そこに「少しお待ち下さい」と声をかけたのはアンナだった。


「なんだ? 花屋の女」


「アンナと申します。エルフィンさんはロランさんを愛しておられますか?」


「愚問だな」


 これほど可愛げがない肯定の仕方があるだろうか。顔を赤らめて「べっ……べつに……」とか、無言で頷くとか、そこまでは必要ないにせよ、これはさすがにロランが可哀想に思えてくる。


「私の質問への回答はYESであると解釈しました。であれば、エルフィンさんはこれからも人間との付き合いが続く。不特定多数ではなくとも、です」


「当然だろう?」


「はい。ですので理解すべきです。人間の生き方、文化というものを」


「十分に理解している」


「理解しておられないから、ロランさんの花を『野蛮』と切り捨てられるのではないですか?」


 珍しい。アンナがキレている。息継ぎもせずにアンナは続ける。そもそもアンナが怒るところなんて初めて見た。


「私は人間ではありません。機械人形です。だから人間の事を必死に理解しようとしています。最初は花を買うなんて馬鹿げていると思っていました。ですが、多くの人と話し、皆様が花に込められる想いを聞く度にこんなに素晴らしい風習はない、と思っています。エルフィンさんも人間が花に気持ちを込める風習を野蛮と切り捨てず、理解すべきではないでしょうか」


「それはそうだろうな。だが逆にエルフの事も理解すべきと思うが?」


「それは人間らしさを否定する事とは別のことです。では次回はエルフなりのもてなしを。『野蛮』ではない花をロランさんへお渡しください」


「フンッ。そこの女は本当に機械人形なのか? その辺の人間よりも面倒じゃないか」


 エルフィンは憎まれ口を叩きながらもニヤリと笑う。ロランから花を受け取ると、森の奥へ二人で歩き始めた。


 アンナも俺の方を見てきて、無理やり口角を上げて笑顔の真似をしようとしている。


 口だけじゃなくて目や頬も動かさないといけないのに、口だけ真似をしているからすごく不気味な笑顔だ。


「上手に笑えてるよ」


「では、今後はこれを笑顔とします」


「やっぱ下手だよ。こうやって――」


「花屋! お前達も来たければ来い!」


 アンナの顔をほぐそうと近づいていったその時、森の入口からひょっこりと顔をのぞかせてエルフィンが俺たちを呼んでくれた。


「何かあるんですか?」


「エルフ流の花束だよ」


 アンナと目を見合わせる。コクリと頷いたので二人でエルフィン達の後ろについて、森を分け入る。


 十分くらい歩いただろうか。


 木々によって光が遮られていた中に、開けた明るい場所が現れた。


「うわぁ……こりゃすげぇ……」


 広がっていたのは森の中にある小さな花畑。協力して七色の世界を作っている花達はどれも見たことがないものばかり。


 花畑とはいうが、計画的に整然と植えられたものではなく、自然に自生しているものなのだらう。ところどころに成長しすぎたもの、逆に成長できなかったもの、離れて咲いているものなんかがいる。


「いつもの花と比較するわけではありませんが……それはそれはとして、これも美しいですね。添える言葉は確かに見つかりません。色々とありすぎて」


 アンナは隣で淡々と感想を述べる。淡々としてはいるが、本人も感動しているのだろう。機械人形にも、エルフにも、人間にも刺さる花束だ。


 ロランとエルフィンは二人でいい感じ。アンナの脇腹をつついて、俺達はゆっくりと元きた道を戻る。人間だと迷いそうだが、アンナの記憶力があれば問題ないだろう。


「ミシェルさん」


 迷いもなく森の出口へ進むアンナが急に口を開いた。


「なんだ?」


「ミシェルさんは……機械人形を愛しておられますか?」


 唐突に斜め上からやってきた質問に面食らう。それを表に出さないようにしつつ、答える。


「愚問だな」


「それは……肯定と捉えてよろしいのですか?」


「愚問だな」


「むぅ……人間もエルフも難しい言葉を生み出したものですね……」


 必死にはぐらかしているけれど、内心では心臓がバクバクいっている。いつの間にアンナがそんな概念を学習したのかと、驚かされているからだ。


 アンナは「愚問」の解釈に迷いながらも、道には迷わず俺を森の出口へ誘ってくれたのだった。

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機械人形に人間の機微は難しい 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai

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