第12話 センニチコウ 1/2
店先で花をじっと観察しているのは丸い眼鏡をかけた若い男性。
「何かご入用でしょうか? こちらの花はセンニチコウ。『永遠の恋』『不死』などの意味があります」
アンナは接客も手慣れたもので、そそくさとその男に近づいて行った。
「あ……えぇ。いい意味ですね。彼女に渡す花を探しているんです」
アンナは「素晴らしいですね」と真顔で相槌を打つ。そこで笑顔になれたら完璧なのだが、あと一歩足りない。
「その女性はどのような方なのでしょうか? 他にもお似合いの花があるかもしれませんので、お話を聞かせてください」
アンナが尋ねると、男はやや気まずそうにアンナへ耳打ちした。
そして、アンナも気まずさが伝染したように、俺を振り返ってきたのだった。
◆
どうやら込み入った事情がありそうなので男を応接室に案内する。男はロランというらしい。
ロランは椅子の端にちょこんと腰掛け、アンナが出した紅茶を恭しい態度で飲み始めた。
「それで……恋人に渡すための花をお探しなんでしたっけ?」
俺が尋ねるとロランは「はい」と小さく頷く。
「まぁ……恋人というか……恋人の手前というか……」
友達以上恋人未満というやつだろうか。アンナはその意味が分からず首を傾げている。
「つまり友人ということでしょうか?」
「いや……友人という程の距離感でもなくてですね……」
まぁ後は最後の一押しという状況なのだろう。そこに添え物の花が欲しい、というオーダーだと解釈。
「俺とアンナみたいなものだよ」
「つまり主従関係ですか?」
ロランは俺達のやり取りを見て微笑んでいる。冗談が通じる人で良かった。
「そんなんじゃないよ。いつから俺が主人になったんだよ」
「ふむ……難しいですね」
アンナは更に首を傾げる。
ロランの話をもう少し聞きたいので、アンナを放置して話を続けることにした。
「それで、お相手はどのような方ですか? 好きな色や好きな場所……何でもいいです。思い出の何かと紐づければ更に喜ばれるかと」
ロランは眉尻を下げた。どうやらここからが難所のようだ。
「そのですね……相手はエルフなんです。エルフィンという名前の」
「え……エルフ? あの、森の中に住んでいて、気難しくて、人間嫌いで、耳が尖っている、あのエルフですか?」
「えぇ、そのエルフです。私は各地の様々な民族、種族の文化、風習の研究を生業としています。その中でエルフィンと出会いまして……おそらく向こうも私を好いてくれているはずで……まぁ……そんな感じです」
「なるほど……」
「ミシェルさん、エルフとは何ですか?」
アンナは先程の疑問は解決したようで、次の質問を投げかけてきた。
「さっき言ったとおりだよ。後は人間より寿命が長いのが特徴かな。ま、アンナに似てるかもな」
どちらもいい意味で筋を通す。自分を曲げない。悪く言えば融通が利かないところがある。
「ふむ……つまり機械人形ですか?」
「そういうところはそっくりだよ」
エルフは人間との交流をほとんど持ちたがらないと聞いたことがあるので、恋愛関係にまで発展するなんてかなりレアなケースなんじゃないだろうか。
俺がアンナと盛り上がっているのをロランは穏やかな表情で見ていた。
「あぁ……すみません。それでそのエルフィンさんへ渡す花が欲しいと」
「はい、そうです。先程の花……センニチコウでしたか? あの花は良い意味を持っているようですね」
『永遠の恋』『不死』。それらは寿命という明確な違いがある二つの種族の、早死にする側からの想いとしては強烈なものだ。
今後、二人が結ばれたとしたら、時が経つ度にその渇望は強くなっていくのだろう。
「私は良いとは思いませんでした。センニチコウの花言葉は『不死』。ですが人間は不死ではありません。エルフも寿命が長いだけと聞いています。それに『永遠の恋』というのも押しつけがましいかと。おそらくロラン様が先に亡くなるでしょうが、その先もエルフィンさんはロラン様だけを想って生き続けなければならないでしょうか?」
いつものアンナ節が炸裂。ロランは怒るでもなく、アンナの言葉をしっかりと受け止める。
「私も同じことを考えていました。エルフが人間と交わりたがらない理由の一つとして、寿命の違いが大きいのではないか、と。折角友好な関係を築けてもエルフの感覚で言えば人間はすぐに老いて、いなくなる。私だって不死になれるものならなりたい。エルフィンの死ぬところを見届けて、この世界が滅ぶまで彼女を想い続けると、そういう覚悟をあの花に込めたいんです」
ロランのメッセージは明確。俺がエルフィンだったらもう落ちているだろう。
アンナはロランの言葉をまたしっかりと受け止めて頷いた。
「はい、良いと思います。今のは私の感想というよりは、気難しいと言われるエルフのエルフィンさんが花を受け取った際に言われることなのではないか、と思いまして。想定問答でした」
どこまでがアンナの本心なのかは分からないが、自分と似ていると言われた事を最大限に有効活用してくれたみたいだ。
アンナのお墨付きは得られたものの、ロラン本人は不安が増してしまったようで、手で顔を覆って俯く。
「あぁ……でも絶対にそれ言われますよねぇ……滅茶苦茶不安になってきましたよ……」
一人で落ち込み始めるアンナと目を合わせる。アンナは無表情に俺を見てくるので、何を言いたいのかは全く分からない。だが、ここまで思い詰めているロランを一人にはしづらい。
「こっ……告白はどちらで? よければ私達で花を配達しますよ」
ロランは俺の申し出を聞くなり、驚いた様子で顔を上げたのだった。
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