お前が真相

冷田かるぼ

なんでだよ

俺の周りでどんどん人が死んでいく。ここ数ヶ月の間で五人、友人が亡くなった。しかもただの事故や病気なんかではない、殺人事件に巻き込まれて死ぬのだ。そのおかげか俺に近寄ると死ぬ、なんて噂が立ってしまい友人を色んな意味で失ったわけなのだが。


 それでも二人だけ、まだ俺の友達でいてくれる奴がいる。


「何ぼーっとしてんだよ」


 少々痛いでこぴんが俺のおでこを襲った。目が合う。俺の友人の一人、大谷真悟。爽やかな笑みを浮かべている。


「早く帰るぞ」


 リュックを背負って、俺を待っている。なぜだか違和感を覚えた。こいつ、痩せた気がする。痩せたというより、やつれた? もしかしたらつい最近の話ではないのかもしれない。俺の友人が亡くなったということは、真悟の友人が亡くなったのと同じだ。気付くのが遅すぎたかもしれない。だが気づかなかったものは仕方ないと思った。


「あれ、奈央は?」


 今田奈央、もう一人の俺の友達だ。教室にはもういなかった。カバンもない。先に帰ったのだろうか。


「最近塾に通い始めたらしくて、もう帰った」


 彼女の机の上にはプリントが置かれていた。受け取りもせずに帰ったのか。いくら塾があるとはいっても、そんなに急ぐものなのか。塾に通ったことのない俺には全くわからない。


「だから今日は二人。帰ろうぜ」




 帰り道はなんだか静かだった。会話が全く弾まない。というより、真悟が話そうとしないのだ。様子がおかしいのは明らかだった。


「あのさ、お前の友達がどんなふうに死んでたか知ってるか」


 突然そう切り出され、動揺した。今まで黙っていたのはこのことを言うのに躊躇していたからなのか。一応は納得できたが、なぜこのタイミングなのか一ミリも理解できなかった。だからといって質問に答えることも憚られる。それは知っているからだ。一度だけ、見たことがある。それは吐き気がするほどに酷い仕打ちを受けていた。


「なんで……そんなこと聞くんだ」


 声が震えた。なんとなく察した。それでも信じていたかった。だけど真悟の表情から見て、きっとだめだ。




「俺は知ってる」


 真悟の顔は真っ青になっていた。


「爪を剥がして炙るんだよ」


 冷や汗が頬を伝う。お前が。そんな声すら出なかった。ただ、絶望した。理由を聞こうと思った。だが、そもそも彼の口から直接聞いたわけでもない。疑ってしまった自分を恥じた。


「へえ」


 いかにも話を聞いていなくて適当に返事をしたように。疑ってしまったことがバレないように必死に取り繕った。意味がないのは分かっていても、俺には誤魔化すことしかできなかった。真悟は俯いたまま顔をあげない。


「俺のせいなんだ、お前の友達が死ぬ、俺のせいで」


 アスファルトの地面をただ見つめ、決して俺に目を向けない。暑い日だというのに震えていて、顔色が悪かった。


「ごめん、俺が、俺がやったんだよ、ごめん、ごめんなさい」


 普段の真悟の快活な声からは想像もできないほど弱々しく、震えた声。その目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ちていく。こういうとき、普通泣くのは俺の方だ。だけど俺は泣けなかった。ついさっきまで真悟を疑っていたのに、もうその疑いはどこかへ行ってしまった。その代わり、それがあった空間にはただ哀れみがある。


 帰り道、真悟の謝罪はずっと続いた。理由を聞こうとしても彼の喉はひゅうひゅうと過呼吸気味の音を鳴らすのみでどうしようもない。どんな理由であろうと、こんなに苦しむのなら自首すればいいのにと思った。




 俺の家の前、真悟は乾いた涙の跡をこすりながら言った。


「お前が新しく友達を作ったから」


 意味がわからなかった。だけど真悟は至って真剣な顔をしている。赤くなった目と、まだ悪い顔色。


「……自首しろよ」


 なんて言えば分からなくて、結局これしか言えなかった。真悟は何も言わず踵を返して帰っていく。またねも言えないまま俺たちは別れた。その日の夜は妙に寝苦しくて眠れなかった。きっと暑かったからだ。






「まさか真悟くんが」


 こうなるなんて思ってもいなかった。あの時、俺が交番まで連れていけば良かった。自分の部屋で真悟は苦しんで死んだんだろう。自らの首を何度も何度も刺したらしい。既に息のない真悟を発見したのは奈央だ。電話で呼び出されて行ってみると死んでいた、と。


「俺がちゃんとしてれば……」


 後悔しても遅いのは知っていた。この感情をどうすればいいのかわからず呆然としていた。


「そんなことない。ほら、真悟くんからの手紙」


 奈央から渡された封筒。のりで貼られた上にシールで止められていた。やけに厳重だ。なにか秘密でも書かれているんだろうか、なんて思いつつポケットにそれを押し込む。くしゃりと紙が歪む音がした。


「にしてもよく学校に来れたな」


「むしろ来ない方がしんどいよ」


 ふい、と顔を背けて言う。体調が悪いようには見えないが、彼女もきっと辛いんだろう。密かに同情した。しかしよくよく考えたら同情されるのは自分もそうか。俺の友人はもう奈央一人だ。憐れまれるのは俺も同じなのか。




 授業に出はしたものの、やっぱり集中しきれなかった。本当にあいつなのか、どうしてあんなことを……。どうしても気になって、こっそりと封筒を取り出した。何重にも閉じられたそれを破り開く。中には折りたたまれた便箋が一枚、潜んでいた。かさ、と紙と紙とが擦れる音。やけに耳に残る。そこは真悟の書いた字、丁寧かつ力強い字で溢れていると思っていた。違った。そこにあったのはなんとも弱々しい、真悟のものとは思えない字だった。


 息を呑む。あいつがここまで追い詰められていただなんて。俺なんかよりずっと、苦しんでいたんじゃないのか。もやもやとした感情に呼吸が浅くなった。深呼吸をして、手紙の内容を読む。




今まで本当にありがとう。お前には何度も助けられてきたな。


まだまだこれからだったのに。俺のせいで、本当にごめん。


大丈夫、お前なら上手くやっていけるよ。


泣くなよ?まあ泣かないだろうけどさ。


お前を信じてるよ、またいつか。




 ところどころ、字はガタガタになっていて読みづらかった。なんだか馬鹿みたいだった。今まで友人が亡くなった時、殺された時。最初は驚きが先行して涙なんて出なかった。二人目、三人目とだんだん慣れて、悲しさよりもまたか、という諦めでいっぱいだった。今は違った。悔しい。真悟の苦しみに気付くことができなかった。止めることができなかった。自分に相談することもなく、たった一人で全てを抱えて死んでしまった。


 いつの間にか、涙が溢れ出していた。授業どころではなかった。教師も様子がおかしいことに気付いたのか、俺を別室に移動させた。言われるがまま動いて、別室で思い切り泣いた。こんなに泣いたのは久しぶりだと思う。真悟は俺の友人だった。それも、一番と言っていいほどの。なのにどうして。






「ねえ……大丈夫?」


 放課後、奈央がやってきて俺に荷物を渡す。やけに重く感じた。早く帰りたい。リュックを背負い、部屋から出ようとした。


「待って」


 手首を捕まれ、引き止められる。強く圧迫された手首の感覚が薄まっていく。痛い。やけに乱暴なその動作に、俺は不信感を抱いた。真悟も嘘をついていたんだ。疑いで心が染め上げられていく。続きの言葉を待ちつつ、平静を装っていた。


「途中まで一緒に帰ろ」


 案外普通の発案に拍子抜けしてしまった。が、手首を握られたままだ。


 そのまま引っ張られ、帰り道。しびれてきた手首。一切の会話も無く、ただ歩く奈央の後ろをついていくことしかできなかった。なんせ逃げることもできない、拒否権などない。漂う雰囲気がそれを物語っていた。


「ねぇ」


 突然振り向いて、そう呼びかけてくる。奈央は微笑んでいた。その目は笑っていない。


「真悟くんの手紙には、何が書いてあったのかな?」


 今までの奈央とは違う、余裕のあるような、だけれども焦っているような。飾り気のない、平坦な口調だった。いつもなら俺の表情を伺うように、猫なで声で発する言葉。でも今は違う。


「答えて」


 その声を聞いた途端、俺の体に電撃が走ったような気がした。聞いたことのないような声、見たことのない表情。いつもにこやかな奈央からは想像もできなかった。あまりの衝撃に、言葉が出ない。答えよう、そうしなければ何かひどいことが起きる気がした。そんな危機感を感じさせるほど彼女の言葉には棘があった。




「……あ」


 なんとか手紙の内容を答えようと思いだしていた時、ふと気付いた。気付いてしまった。手紙の文の最初の文字……。まずい、と思った。きっと顔に出ていたのだろう、奈央はいつも通りにっこりと微笑み、手首をようやく離した。


「どうかしたの?」



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