第23話 痛み
遮断機が下がる。
赤いランプの点灯。古びた線路と暗がり。鳴る音。
赤いランプの色だけが鮮やかに。
女の子がいた。女の子が。高校生だろうか。
制服姿で何かを探している。
必死に何かを探している。
そして一人芝居のように、彼女は何もない虚空に向けて言葉を投げ始めた。
「ない。ないよ。なんでないの。もー」
線路脇の草を分ける動作。そして顔を上げる。
「あの。いえ。え~っと。あの。その」
まるで誰かに何をしているのか聞かれた時のように小さく困惑した表情。
「ちっ違うんです!」
女の子はそういって首と両手をふった。年相応の、かわいらしい動作。
「あの。え~っと。実は大切なものをなくしてしまって」
顔を少し伏せ女の子はそう言う。
顔をあげ。
「あの。はい」
うなずく。
「はい」
うなずく。
「あっ。平気です平気です」
恥ずかしそうに両手をふり。
「このあたりだとおも――」
また草を分ける動作。
「えっ。いいですいいです。大丈夫ですから」
そしてまた遠慮するように手を振る。
「あの。えっと。すみません。ありがとうございます」
立ち上がった少女はそう言い頭を下げた。
「えっ? あ。はい。ちょっと恥ずかしいんですけど。あの。指輪。なんです」
少し視線をそらし、足をもじもじと前髪を指でつまんで。
「はい。あの。彼氏に買ってもらったんですけど。落としちゃったみたいで」
いじる。
「どこかに落としちゃって」
そこから視線を落として。
「はい。このあたりだと思うんですけど、見つからなくて」
うなずく。
「どこかに落としちゃって。このあたりだと思うんですけど、見つからなくて。そのせいで彼氏とも喧嘩しちゃって。あっ電車きますね」
喧嘩を思い出したのか涙が目にたまる。その涙を振り払い女の子は線路の先を見て、線路の反対側へと走っていった。
しばらくの間。彼女は反対側を見つめながら止まる。
胸に手を当て見つかるか不安で、スカートを気にしたり髪の毛をいじったり。
その顔が、驚きと瞬間と明るさに輝く。
「あっ。見つかったんですか!」
電車は両方の線路から来ていた。
のぼりとくだり、両方から来ていた。点灯するランプの明かりと、その明かりとはちぐはぐに鳴るその大きな音に気づかずに女の子は飛び出していた。ランプは鳴り止むと思っていた。電車は通り過ぎたと思っていた。薄れた矢印の赤い光は意味を成さず。
遮断機が上がるのを待ちきれず女の子は走った。
探していた指輪の元へと走った。
「ふえっ?」
不意に女の子の手が掴まれ、女の子の目が丸くなる。
何が、引かれる。
何が、引かれ戻された女の子の目の前を、目の前を、鉄の波が、風のあたる音、うるさくて何も聞こえない。
声が震えるような感覚に囚われて。うるさい鉄の音で何にも聞こえない。
ほろりと、振り返る。
ほろりと。振り返る。
手を掴んでいた。掴まれていた。
声がでないよ。声がでない。
ただ面影だけが女の子の面影だけがうっすらと雨の露みたいに笑顔は消える。
燈彼は虚空を見つめていた。
そこにはもう女の子なんて存在してはいなかった。
「燈彼、いくぞ?」
ミコトに呼ばれ、燈彼は振り返る。
差し出された手。握る。
力強く、寄り添うように。
絡めた指にミコトは優しく笑む。
「お兄ちゃん」
「なぁに?」
「お兄ちゃん」
「んー?」
「お兄ちゃん。大好きだよ」
「ぼくも大好きだよ」
優しい幻想。かつて何処かで通り過ぎた誰かの幻想の跡を燈彼は通り過ぎた。
生きるも地獄、死ぬも地獄。
許されていないだけ、そしておそらく、未来永劫許されないのだろう。
燈彼自らの手によって。
誰に愛されようと、誰に思われようと、この痛みから逃れることは決してできない。
ノロワレテイル 柴又又 @Neco8924Tyjhg
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます