海神物語
神楽神奈
ゲーム中盤くらいのイメージ
19年前に海神島で失踪した男が残したノート。
――海神島で行われた祭りの時に見た怪物がずっと頭から離れない。
――おそらくあの時、私は邪悪な存在に目をつけられたのだろう。日ごとに怪物たちの存在がはっきりと見えるようになっていく。
――今朝、おぞましい腐肉の怪物が4体、通りの向こうに立っているのを確認した。
――時間はもうほとんど残っていないだろう。
――この身には《生贄の印》が刻まれている、もはやどこに逃げることも叶うまい。
――それでも、もしかすると私と同じような境遇に陥るかもしれない誰かのために、このメモを残す。
――腐肉共がここに来る前に、この建物に火を放つが、この耐火性スーツケースの中にあればたぶん大丈夫だろう。
――万が一焼けてしまっても、火の儀式を施した印は残るだろう。海に住む怪物たちと敵対する神霊たち。彼らが良い存在であることを祈るしかない。
――少なくとも内側に呪文を描き記した、このスーツケースは奴らには見ことも触れることもることもできないはずだ。
――耳なし芳一にならぬように、念入りに描き記してある。
――そして、この肉体も魂も一片だって奴らにくれてやるつもりはない。
――もしこのメモを見ている君が怪異を目にしているのであれば、大体の状況は察しがつく。
――君は間もなく死ぬ。
――しかし選ぶことはできる。
――このまま奴らに肉体を貪り喰われ、魂を蹂躙されて、存在を消失させるか、紅蓮の業火でその身と共に奴らを焼き滅ぼすか。
――もし奴らに一泡でもふかせてやるつもりなら、このメモの最後に描かれた魔法陣を使うといい。
――布や紙に描き記して、燃やせば怪異を一時的に追い払う。
――もっとも奴らの数は無限で、いくら払おうとも次から次へと押し寄せてくる波のようだ。
――私は……永遠に戦い続ける気力などない。
――扉の外に奴らの存在を感じる。奴らだ、初めて見た時よりも大きく、おぞましい、ひょっとすると奴らは私の目を通して、この世界に実現しようとしているのでは?
――もう始めなければ。
――もし君が私と同じ道を選んだのであれば、顔も知らぬ友よ。
――来世で会おう。
***
「……だってさ。みんな、どう思う?」
夏芽坂心霊研究会の会長であるユイがメモ帳を読み終える。
美人か可愛いかと聞かれたら後者の女学生は困ったような表情を浮かべる。ユイは眼鏡のずれを直すと、仲間たちの方を見た。
「ふむ」
「ん」
「--ッ」
ユイに問いかけられた三人の心霊研究会員はすぐには返答せず、それぞれ沈黙。
だがその沈黙は恐怖に押しつぶされてのものではなく、逆に恐怖を克服するための準備期間であった。
まず沈黙を最初に破ったのは、心霊研究会員の一人アヤ。
黒く長い髪を持つ和風美人であり、腰には日本刀らしきものを下げている。
「困りましたね。要約すると『もう助からない。焼身自殺をお勧めする』ということでしょうか?」
「そうなるね。ボクらが見ている怪異はこれから徐々に増えてくるばかりか、強力になっていき、最終的にボクらを憑り殺す類のようだ」
霊能者であり、オカルト知識も豊富なミキは首を縦に振って応じる。
心霊研究会の中では一番小柄だが、その態度は一番大きい。幼い頃から怪異を見てきた彼女は心霊研究会の一員になってからオカルト方面の才能を順調に開花させている。心霊研究会に入った当初は、むしろ霊能力を消したいという思いが強かったのだが、最近では自分の一部と思う程度には折り合いがつき始めている。
「ば、馬鹿馬鹿しいですわ。わたくしたちは全員、奇妙な幻覚を見る病気にかかっているだけですわ。一刻も早くこの島から外に脱出して、病院で精密検査を受けるべきです」
ミキの断定するような言葉に反応したのは、心霊否定派のエリナだ。
日本人離れした美貌の持ち主であるが、その表情は今は陰っている。心霊研究会の中では、おそらく今の事態に一番弱っているのが彼女だろう。
大企業の社長令嬢という肩書きを持ち、学生の身でありながら彼女自身もいくつかの事業を成功させている人生の成功者という面を持ちながらも、最悪なまでの霊媒体質持ちであり、幼少期から怪奇現象に悩まされている。
残念ながら莫大な富も、それらの前に役に立たないどころか詐欺師を集めるだけの蜜にしかならなかった。
「あるいは未知の、新種の動物、虫? とにかく、実体があるということは霊的存在なのではありません。現に何匹か撃ち殺しましたでしょ?」
人一倍怖がりな彼女はいつも通りに超常現象を否定する。もっとも、実際に蠢く肉塊の怪物たちに襲われた後では、本人自身も説得力に欠けていることを自覚しているらしい。それでもあえて超常存在を信じない姿勢に、会長であるユイをはじめ、他のメンバーたちもある意味感心している。
「まあ幽霊とかの類ではなかったね。だとすると妖怪とか、魔物の類かな? あの手の怪物は文献では類似した者は見たことないけど、アヤ嬢は何か都市伝説とか聞いたことない?」
「残念ながら、クトゥルフ神話の名状しがたき存在などが近いのでは?」
「うーん、海神島の祭りを見て、怪異に目をつけられたところまでは同じだよね。《生贄の印》っていうのはミキが見えるっていう印のことかな? あ、でも、あたしたちが知らないワードがいくつかある」
「火の儀式。それに海の怪異と敵対する神霊存在だね」
アヤとミキは先人の遺書から必要な部分を抜き出す。
ひょっとすると、これが自分たちの命を救う言葉になるかもしれないからだ。
「ま、まあ、全然信じていませんけど、純粋な知的好奇心として、メモの最後に描かれた魔法陣には興味がありますわね。正四角形を重ね、中央には陰陽を意味する太陰太極図、一方でそれらを閉じた多重正円の間に描かれた文字は……、えーっと、小さすぎて読めませんわね」
「はい、虫眼鏡」
ユイは道中で拾った虫眼鏡を渡した。
ここに来るまで役立ちそうな品物を色々集めていた心霊研究会の面々だが、ユイは特にこういった役立つものを発見する力に優れていた。先のスーツケースや中のメモ帳も、彼女が見つけたものである。
もっとも、こういった「いわくツ場所」を引き当てる才能も人一倍強い。
長期休暇を利用して、海神祭りを見に行こうと誘ったのも会長であるユイである。今までにも少なくない心霊体験を潜り抜けつつも、ある種の知的好奇心を満たそうと霊的な危険地帯に進んでいく姿は、未知を開拓する冒険者か、あるいはただの愚者か? いずれにしても、彼女一人では遠からず祟り殺されるような状況かであるが、今までもこういった窮地を乗り切るためのオカルト的な推論を導き出すのは、会員であるアヤとミキ、エリナの役割だった。
「これは日本の古語? 文体が崩れすぎていますわ」
「ちょっと大きめに書いてもらっても良いですか?」
解読に苦戦するエリナを助けるように、アヤが言った。
ユイが差し出した大学ノートに、エリナは文字を書き込んでいく。それは文字というよりも子供の落書きにしか見えない。しかし、文字を書き込んでいくエリナの表情は真剣そのものであったし、アヤも翻訳に頭を全力で回転させている。
「あっ、もう大丈夫です。そこから先は繰り返して、いるだけのようなので」
「アヤ嬢、良くすらすら読めるね。ボクじゃ、もっと時間がかかるよ」
「あたしは読むこともできない」
「いえ、エリナさんが正確に描き記してくれたおかげです」
アヤはそう言った後、再び文章に視線を落とす。
「火之神に対する呼びかけ、この呼びかけるリズムは海神を祀るものと同じ、元々は同じ存在だった? けれど、何らかの原因で分離、いや対立することになったのでしょうか。しかし、なぜ生贄なんて……。これではまるで……」
アヤはブツブツと呟きながら推理を進める。
普段、心霊研究会では肯定派のミキと否定派のエリナがオカルト談議に花を咲かせているが、彼女もオカルト知識がないわけではない。日本国内というフィールドに限定すれば、心霊研究会の中で一番深い知識を持っている。
しかし、彼女が結論を出すよりも早く周囲に怪異の気配が立ち込める。
海の磯臭さなど霞むほどの濃厚な異界の臭い。
最初に見た時よりも大きくおぞましい成長を遂げた腐肉の怪異が放つものであった。
「逃げるよ!」
ユイが叫んだ。
同時にアヤとミキが駆け出す。
エリナは三人の撤退を援護するように護身用ミニリボルバーを構え、銃声が響く。
銀製の銃弾を受けて、腐肉の怪異はバラバラに弾け飛んだ。
「やりましたわッ!」
エリナがガッツポーズをする。
当然だがいくつかの法律違反を侵している。だが、彼女も他の面々も今更気にはしない。法は自分と他人を守るためのものであり、人間社会の秩序を守るものだ。
しかし今回の相手は人間、いや世界のルールから逸脱した存在だ。それを相手にする時は非常の手段を用いねばならぬのである。もっとも、オカルト否定派のエリナにとって「化け物狩り」は、ある種のストレス発散のようでもあった。
「何で、そんなに嬉しそうなんだよ! 今ので一体何体目だと思てるんだ!?」
少し遅れて走り出していたミキが、怒鳴りつけるようにツッコミを入れるが「この程度までなら銃火器で対処可能だということですわ」などと返されてしまう。
(怪異を否定しているのか、肯定しているのか)
オカルトを否定しながらも、その存在に対する有効打を確認する。見事なダブルスタンダードだと思うが、そのことを口にすれば、長々とした反論を受けることは長い付き合いで身に染みている。
三人の後を追うように、エリナも駆けだす。
さらに行く手を遮ろうと別の腐肉が手とも足ともつかぬ部位を伸ばす。だが今度はアヤが前に出る。手には島の住民が譲ってくれた破魔の日本刀!
長年扱いなれた得物であるかのように、アヤは素早く怪異を斬り伏せる。こちらは幼い頃から武芸百般を叩きこまれた極道ものの娘であった。もっとも本当に反社会的な結社なのかは他の三人は知らない。大事なのは、彼女が怪異と戦える実力者ということだけだった。
そして心霊研究会の武闘派である二人により、ミキとユイは多少の余裕をもって腐肉の包囲を突破できた。
もっとも危機はまだ脱していない。
腐肉の怪異は一体だけではない、今もまた新たな腐肉が倒された仲間の死骸を吸収しながら追いかけてくる。
「うぁ……、いつ見ても。気持ち悪すぎるんだけどぉ!」
ユイの悲鳴じみた叫びが夜の島に響いた。
さて霊能力者、大企業の社長令嬢、極道な女サムライとくれば、心霊研究会の会長であるユイは宇宙人かと思うかもしれないが、彼女は心霊研究会というサークルを立ち上げただけの、平々凡々な一般市民である。
もっとも神経は人一倍図太いようではあるが。
***
夏芽坂心霊研究会のメンバーたちが走る。
息を切らしながら、懸命に腐肉の怪異たちを振り切ろうと、夜の島を駆けていた。
エリナは最後尾を走っていた。手にしたリボルバーの引き金に指をかけつつ、前を走る仲間たちに遅れないように意識を集中させる。
やがて、何かが追ってくるという独特の気配と不快な異臭が消えた。
「ふぅ、ここまで来れば、安心だろう」
先頭を走っていたミキが足を止めて振り返り、額の汗を拭いながら言った。
「ミキ、飲み物いる?」
ユイは荷物の中からミネラルウオーターを取り出すと、ミキに差し出す。
「ああ、ありがとうぅ、ユイ君……。はぁはぁ、引きこもりには辛い運動だね」
メンバーの中で一番身体能力の低いミキが一番前を走っていた理由は簡単だ。彼女が動けなくなった時、すぐに他のメンバーがフォローできるようにするためである。
腐肉の怪異は無限に増殖する。
島という限られた場所で、いつまでも逃げ続けていることはできない。
「それでアヤさん、先ほどの話の続きですけど。何かわかりましたか?」
「はい、生贄の話ですけど、生贄は別に人間じゃなくてもいいみたいです」
「え? どういうことだい?」
ミキが問い返す。
いや、どちらかといえば確認に近い声音だ。
「言葉通りの意味ですよ。犠牲になるのは人間の代替えでも良いということです。例えば人形とか、お守りとか」
「なるほどね。でもさ、生贄になりそうな道具なんかあったかい?」
ミキの疑問に答えたのはエリナだ。
「ありますわよ」
自信に満ちた声で断言する。
「わたくしたちが島で最初に見つけた封じられた祠。そこにあった異形の神像なら生贄にピッタリですわ」
ユイは感心したように「おおー」と感嘆の声を上げる。
「そういえば、そんなものがあったよね」
「すっかり忘れていました」
「ボクもだよ」
エリナを除く女性陣もその存在を思い出したようだ。
「しかし、人間の代わりに神様を生贄にするって発想はなかったな。エリナ、恐れ知らずにもほどがあるんじゃないか?」
ミキはからかうような口調で言った。
霊能者であるミキにとっては実際に見ることができる超常存在である。慣れたとはいえ、それに対する畏敬の念は皆無ではない。このような事態になるまで心霊を見ることができないアヤもユイも神仏に対しては少なからず遠慮は存在する。だからというべきか、エリナの神仏を恐れぬ代案に感心した。あるいは呆れたというべきだろうか?
ともあれ、こうして生贄の候補が決まったのである。
「じゃあ、次は火の儀式についてだけど、これはきっと……」
ユイの言葉を引き継いだのはアヤだ。
「はい、海神を祀る神事と対になるものです。放棄された神社の蔵で見つけた絵巻物に描かれた踊りがそうに違いありません」
ミキが締めるように言った。
「ではボクらはこれから、現在地からちょうど反対側、最初に見つけた小島の祠に向かい、そこで《火の儀式》を行い、《異形の神像》に生贄の印を描いて海神に捧げる。ふむ、うまくいくかわからないが、このまま腐肉の怪異に喰われるのを待つよりはいいかもね」
「はい、その通りです」
夏芽坂心霊研究会のメンバーは、この島から生きて脱出できそうな希望を得て、喜びに沸き上がる。
それを阻むように、再び異臭が立ち込める。
朝日が昇るころには、腐肉の怪異は島全体を飲み込んでしまうだろう。その前に、逃げて、逃げて、逃げて、目的地にまでたどり着くしかない。
それがどれだけ困難なことだとしても、座して死を待つのは彼女たちの本意ではない。
夏芽坂心霊研究会の面々は、再び走り出した。
***
彼女たちは無事逃げ延びることができるのか? 詳細はゲームで!
海神物語 神楽神奈 @kagurakannna0910
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