第12話 魔女の雷

 ミリィアは、馬上のハキムに向けて指先を振り下ろした。その瞬間。眼がくらむほどのまばゆい閃光が走った。「パァンッ!」とむちを打ち鳴らしたような破裂音が響く。


 オルゥサには、はっきりと見えた。ミリィアの指先からハキムの体に稲妻が走るのを。


 ハキムの体は力なく、どさりと馬から落ちた。その姿は、黒く焼き焦げていた。まだ所々火がついて燃えている部分がある。声を上げる間もなく絶命したようだ。


 いったい何が起こったのか分からず戸惑う兵士たち。ミリィアは、兵士たちに向かって言い放つ。


「これが本物の魔女のいかづちだよ! さあ、次に黒焦げになりたい奴はどいつだい?」


 兵士たちは、顔を見合わせた後、口々に叫んだ。


「ほ、本物の魔女だッ!」


「逃げろッ!」


 慌てて馬を走らせて去って行く兵士たち。それを見て、ミリィアはふらふらとよろけて膝をついた。オルゥサは、ミリィアに駆け寄った。


「大丈夫か? ミリィア」


「ああ…… この力を使うのは、けっこう体力を消耗するんだ」


 ミリィアは、力なく笑った。


 彼女が『いかづちの魔女』と呼ばれる所以ゆえんは、その素早い動きからでもなく、頬にある稲妻のような傷でもなかった。指先から放たれる本物のいかづち。それこそが、呼び名の所以だったのだ。


「すごいな…… まさか、お前にそんな力があったとは……」


「びっくりしたかい? 気味が悪いだろう。私は、シキの民の中でも百年に一人と言われる『いかづちの精霊』を宿した女。同じシキの民からも魔女と呼ばれて恐がられたものさ……」


「少し驚いた……」


 オルゥサは、ミリィアが以前話していたことを思い出した。彼女は、同胞からも魔女と呼ばれていたと。それ故に、ずっと一人だったと。


 今ようやく、その彼女の孤独が分かったような気がした。あのような人間離れしたものを見せられれば、誰だって彼女を恐れるだろう。


 しかし、オルゥサはミリィアに手を差し伸べた。ミリィアは顔を上げてオルゥサを見る。


「恐くないのかい? 私が……」


「さっきは確かに驚いたが、別に恐くはないさ。だって、ミリィア。お前は、お前だ。一緒に旅をして知っている。お前は、誰よりも優しい女だよ」


「オルゥサ……」


 ミリィアは、オルゥサの手を取って立ち上がる。しかし、まだ体はふらついていた。オルゥサは、その体をしっかりと抱き寄せた。ミリィアの体温と心臓の鼓動が伝わってくる。


「俺は、もう家には戻れない…… 領主の息子は死んじまったし。こうなったら、北のアリミアにでも逃げるかな」


「オルゥサ……」


「一緒に行かないか? ミリィア」


 ミリィアは、それを聞いて涙を流した。そして、黙って頷いたのだった。



 ☆  ☆  ☆



 領主代役ヴェイガンの元に知らせが届く。


 領主の息子ハキムが『雷の魔女』によって殺されたこと。魔女と一緒に、オルゥサと名乗る男が一緒にいたこと。


 ヴェイガンは、遠い目で窓の外を見た。遠くにはエルランの山々がかすんで見える。


「……そうか。オルゥサが」


 もはや、新たな追っ手を出しても彼らには追いつけまい。ヴェイガンは、静かに目を閉じた。


「エルランの山に吹く風は気まぐれだな……」



 ~ 完 ~


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魔女を追う者 倉木おかゆ @kurakiokayu

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