第11話 祈りの言葉

 ミリィアは、最後の一匹となったツゥオルに剣を振るう。その刃が体を切り裂くとツゥオルは悲鳴を上げて倒れた。


 まるで嵐がおさまったかのように、辺りは静かになった。気がつくと無数のツゥオルたちの死骸が転がっている。


 さすがの『いかづちの魔女』ミリィアも息を切らしていた。しかし、体には傷はほとんどなく無傷であった。


 オルゥサも懸命に戦ったが、ツゥオルの群れを倒したのは、ほぼ彼女一人の力だった。


「大したものだな…… これだけのツゥオルの群れを」


「あんたが背中を守ってくれたからさ。オルゥサ」


 戦いに勝ってもミリィアは、嬉しそうな顔を見せない。その表情は、むしろ悲しげだった。


 ミリィアは、剣を地面に突き刺した。


「……勇敢なるツゥオルの魂よ。エルランの神々に導かれ、安らかな眠りにつかんことを」


 それは、祈りの言葉だった。


 ツゥオルは、エルランの神々がその姿を借りているとも言われる神聖な生き物だ。


 シキの民は『神追かみおいの儀』として、ツゥオルたちを狩ることもあるが。ツゥオルには必ず敬意を持っているのだろう。


 祈りの言葉が終わると、ミリィアは振り返った。


「このツゥオルたちを見ていたら、シキの民の戦士たちを思い出したよ。彼らは勇敢で死を恐れず。最後の一兵となっても敵に向かっていった…… まあ、みんな死んじまったけどね」


 ミリィアは、悲し気な顔でうつむいた。だが、すぐに顔を上げると明るい表情で言った。


「さて、一休みしたら先を急ごうか…… 夜になって、また襲われたらたまらない」


「そうだな……」


 オルゥサは、静かに頷いた。


 二人は、少し休憩すると再び山道を歩きだした。



 ☆  ☆  ☆



 それから、六日後。


 ついに、オルゥサたちはシキの民の住んでいた場所の目前までたどり着いたのである。


 ミリィアは、疲れを忘れて足どりが軽くなったように駆け出す。目を輝かせて、はしゃぐ姿はまるで子供のようだった。


 そして、たどり着いた場所は、かつてシキの民が暮らしていた村だった。


 そこは荒れ果てていた。崩れかけた建物に、人の気配はどこにもない。無人の廃墟が並んでいる。


 しかし、ミリィアはその無人の廃墟を懐かしむように歩いた。両手を広げて目を閉じる。


「ようやく帰って来たんだね…… 私の故郷……」


 ミリィアの声は震えていた。彼女は、オルゥサの方を振り返る。


「ありがとう…… オルゥサ」


 そう言う彼女の目からは、涙がこぼれていた。オルゥサの胸にも熱いものがこみ上げてきた。


 ミリィアは、背中に担いでいた剣を取り出す。そして、それをオルゥサに渡した。


「さあ、約束どおり私を殺しておくれ…… 私は、もう満足さ。最後にこの景色が見られて。もう何も思い残すことはないよ……」


「いいのか? まだ着いたばかりだ。ゆっくり見てもいいんだぞ」


「もう充分だよ。私の気が変わらない内に頼むよ」


 ミリィアは、そう言うとひざまずいて目を閉じた。自分を斬ってくれと言わんばかりの体勢だ。


 オルゥサの心には躊躇ためらいがあった。


 確かに、故郷まで連れて行ったら殺す約束だが。ここまで旅を共にしてきた相手を殺すことに躊躇ためらいを感じたのだった。


 その時だった……


 遠くから馬のひづめの音が聴こえる。オルゥサが振り向くと騎兵が迫ってくるのが見えた。その数は約十騎。馬にまたがった兵士は槍をかまえている。


 騎兵たちはオルゥサとミリィアを取り囲んだ。オルゥサは、剣をかまえて叫ぶ。


「何者だッ! お前たちはッ!?」


 すると一人の騎兵が前に出て来た。その男は、顔に包帯を巻いている。ミリィアの方を見て口元に笑みを浮かべていた。


「ようやく見つけたぞ! 『いかづちの魔女』よ!」


 男は、ミリィアのことを知っている。ならば、新たな追っ手の者か。オルゥサは、男の前に立ちふさがった。


「俺の名は、オルゥサ! 領主の代役ヴェイガン様の命で、『雷の魔女』を捕え連行している! 貴君らは、どこの者かッ!?」


 男は、オルゥサの顔を見る。


「ほう、貴様がヴェイガンの放った追っ手か…… ご苦労だったな! 俺は、領主の息子ハキムだ! 父より正式に『雷の魔女』追討の任を受けている。魔女の身柄をこちらに引き渡してもらおう!」


「ハキム様? し、しかし……ッ!」


 男の正体が、領主の息子ハキムだと分かって、なお食い下がろうとするオルゥサ。その肩に、ポンと手が乗った。


「もういいよ。オルゥサ…… ありがとう」


 ミリィアは、そう言ってオルゥサの前に出た。


「よし! 連れて行くぞ!」


 ミリィアは、騎兵に取り囲まれて連行されて行く。その姿が次第に遠ざかっていく。オルゥサは、その背中を黙って見つめていた。


 その時、オルゥサの胸の中で何かがはじけた。気がつくと体は走り出していた。そして、ミリィアに向かって叫んでいた。


「待てッ! 行くなッ! ミリィア!」


 オルゥサの前に、槍を持った騎兵が立ちふさがる。オルゥサは、剣をかまえて対峙たいじした。


 それを見てミリィアも叫んだ。


「馬鹿ッ! あんた自分が何をやってるか分かってるのかいッ!? オルゥサ!」


 相手は領主の息子だ。逆らえばどうなるか、オルゥサにもよく分かっている。しかし、体が自然と動いていたのだ。


「ミリィア! 出会った時、お前は言ったな!? 自分の心はもう既に死んでいると…… だが、一緒に旅をして分かった! お前の心は、まだ死んではいない! 生きたいと願っているはずだ! 少なくともこんな連中やつらに殺されていいと思っていなはずだッ!」


「オルゥサ……」


 領主の息子ハキムが「チッ!」と舌打ちをすると周りの騎兵に言った。


「かまわん! あの男を殺せ!」


 そして、槍をかまえた騎兵がオルゥサに向かって突撃しようとした。その時だった。


 突然「ははははははッ! あはははははッ!」とミリィアが大声で笑い出した。周囲の視線はミリィアに集まる。突撃しようとした騎兵も何事かと振り返る。


「仕方ないねえ…… お前たちッ! 私が、なぜ『いかづちの魔女』と呼ばれているか…… その目に見せてあげるよ!」


 ミリィアは、そう言うと空に向かって人差し指を突き上げたのである。


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