閉ざされし小国にて、一人の赤子が連れて来られるところから物語は始まります。
檜岳《ひがく》と言う名の少女は蛇に好かれる特殊な性質を持つものの、いたって普通の少女です。しかし彼女には小国の掟に従い覆と呼ばれる生贄としての運命が待ち受けていました。
とある少年との出会いと家族の本当の気持ちを知った檜岳。それでも選んだ道に、時には胸が苦しくなることもあるかもしれません。
一方、絶対的な力を持つ帝国では三つ子が生まれていました。
蛇の姿で生まれてきた長子絢長《あやなが》と、絢梨《あやなし》という二人の兄を持つ絢舟《あやふね》。
奇蹟の三つ子として人々から崇められる存在の少女。最初は少し世間知らずのお嬢様の印象の絢舟ですが、兄弟との絆や彼女を取り巻く人々との関係を深めていくことで、少しずつ自身の置かれた立場を理解していきます。
小国の四鳥国サイドと帝国サイドと、交互に描かれるストーリー。
それぞれの運命と向き合い、あるいは抗いながらもその場所で生きていく少女たちの生き方には時としてはっとさせられます。
生贄として選ばれた、蛇に好かれ守られる少女。
蛇として生まれ、神の似姿として崇められる長兄と、その運命を憂う弟妹。
本作は過酷な運命の只中で生きる彼ら彼女がが織りなす物語であると同時に、彼ら彼女らが生きる世界そのもの、彼らを取り巻く運命を形作る世界の在り方を描き出そうとしているように感ぜられます。
そのおはなしを眺めるのは、たとえるなら何となしに電車を降りた先の、知らない駅で見渡す景色のようなもの。
肌に馴染んだ世界で繰り広げられる絢爛豪華な活劇に興ずるのとは趣を異にする、見知らぬ世界を手探りしながら地図の色を塗り分け歩んでゆくような、そうした楽しみ。それが、このおはなしの妙であると感じます。
『異世界』ファンタジーだからこその妙、そのひとつ。
時にはいつもと趣向を変えて、芳醇なる幻想世界に浸ってみるのはいかがでしょうか。