キ○ガイに殺されたプロゲーマーが異世界転生して無双するお話

@D_on

第1話

 FPSゲーム『山岳行動(PC版)』の日本一を決める大会で優勝した俺、三ノ宮武瑠(さんのみや たける 16)は優勝インタビューを受けている途中、2位だったKIJI選手(35)に後ろから刺された。

「アヒャヒャヒャヒャ!! 1位だ! これで俺が1位だぞ!! アヒャヒャヒャヒャーーーーー!!」

 視界が右回転する。これ、ゲームのキャラがやられたときの映像そっくりだ。

 左胸が熱い。どろりとしたものが体の上を這っていく。血か。自分の血だ。多分、心臓を刺された。

 周囲の音が歪む。ぐわんぐわん。だけど、KIJIの笑い声だけはなぜかくっきりとしている。

 倒れ込む俺の視界に、ゲラゲラと笑うKIJIの姿が映った。運営スタッフが取り押さえようと3人がかりで組み付くも、デブで背もクソデカいKIJIに簡単に吹き飛ばされてしまう。

「俺が!! 日本一なんだ!! アヒャヒャヒャヒャ!! 俺が日本一だぁぁぁアヒャヒャヒャヒャ!!」

 けたたましい笑い声が、耳を通り越して頭の中まで響いてくる。

 最期に聞くのがこんなデブの気色の悪い声なのか。

 朦朧とする意識の中、誰にも聞こえないくらい小さい声でつぶやいた。

「ぅるせぇょゴミが……」

 気を失いかける直前、俺はひたすら笑い続けるKIJIを睨みつけた。

 KIJIはバンザイのポーズをして、倒れている俺を見下ろしていやがった。

 そうして目があったとき、KIJIの目が赤く光っていることに気がついた。

 人間、死ぬ間際に走馬灯を見たりするらしいが、これもその一種なのだろうか。

 俺はKIJIに踏まれた。乗るとか蹴るとかそんな感じではなく、潰すように、何度も何度も、踏まれるたびに、まるでスイッチをオン・オフするように、意識が飛んで、また戻ってきてを繰り返して、そうしているうちに、死んだんだと思う。

 FPSというゲームには"死体蹴り"というバッドマナーがある。撃ち殺した相手を無意味に撃ち続ける行為を指し、悪質な煽り行為とみなされることもあり、特にプロシーンではご法度とされている。

 まさかそれを本物(リアル)で、しかも俺がその蹴られ役をやるなんてな……。



 王都を出立して3日後。港で塩を調達した帰り道だった。

 日もすっかり落ち、見晴らしのいい丘で野営しようと準備していたとき、骨のような化け物の集団に襲われた。未知のモンスターだろうか? この辺では見たことがない。

 まさか、という気持ちと、小手調べをしてやろうという気持ちが混在していた。齢18、屈強な男どもを差し置いて、女性初の分隊長に任命されたこの私が、街道沿いに現れるモンスターごときに負けるわけがない、と。

 ――甘かった。

 身の程を思い知らされた。

 私が磨いてきた剣術も槍術も、この骨の化け物相手にはまるで通用しない。

「物理がダメなら……シフォン!!」

「は、はひっ!!」

 新米黒魔導士のシフォン。先月、魔法科学校を卒業したばかりの14歳の女の子だ。引っ込み思案ではあるが、平均18で卒業することを考えると、天才児と言わざるを得ない。

「な、なにを詠唱したらよろしいんでしょうか…?」

「魔法のことはわからん!! なんでもいいから撃て!!」

「ひぃぃ……! 誰か助けてぇぇぇ!!」

 泣きながら杖を振り回すシフォン。

 宙に描いた魔法陣が青く光りだし、そこから氷柱のようなものが3本生えてきて、もの凄いスピードで骨の化け物に飛んでいった。

「アイスニードルぅぅぅ!!」

 普通の人間が食らえば体に穴が空くであろうその魔法は、骨の化け物には突き刺さることもなく粉々に砕け散った。

「全然効かないよぉ〜〜〜!! うわぁ〜〜〜ん!! お家帰りたいよママぁぁぁ〜〜〜!!」

 剣も槍も魔法もダメ。先程から弓兵がしきりに矢を射ってくれているが、骨の化け物にはまるで効いている様子がない。

 私よりも膂力で勝る戦士職の男たちが、懸命に足止めをしてくれてはいるが、彼ら戦士たちの剣術でさえ、硬い骨の前には弾かれてしまっている。

 残された最後のジョブは……。

「リリア!!」

「わ、わたくしですか?」

 目を丸くしてこちらを見つめる彼女は白魔導士(37)だ。長年修道女として神に仕えてきた彼女なら、邪悪そうな見た目をした骨の化け物……そう『生ける屍』とでも名状しようか。その『生ける屍』への対抗策をなにかしら持っているのではないだろうか。

「分隊長がご存じの通り、わたくしは回復が専門職でございまして、シフォン様のような攻撃魔法は……その……埒外でございます〜〜〜」

 戦闘中だというのに、妙におっとりとした喋り方が鼻につく。

 負傷していく兵たち。腕を斬られ脚を斬られ胸を刺され、次々と大地に倒れていく仲間たち。

 死んでいるのかいないのか、暗闇が次第に濃くなっていき、焚き火の明かりだけを頼りに戦況を確認した。

 早く手当てをしなければ……。

 リリアに回復さえしてもらえれば……。

 しかし、いったい、どうすれば……。

 一匹すら倒せないのに……。

 こちらが戦えそうなのは私、シフォン、リリアの3人。対してあちらは、8……12……20……ああ、数えるだけで嫌になる。

 万事休す、か。


 そのとき、耳をつんざくような甲高い悲鳴が聞こえた。

「ーーーーーっ!!」

 シフォンの声だ。

 シフォンが『生ける屍』に斬りかかられようとしていた。

「シフォン!!!」

 警戒していないわけではなかった。敵の数を数えていて、そちらに意識がそれたその一瞬の隙を突かれた。

 私とシフォンまでの距離は歩幅にして僅か三歩。しかし、私が立ちはだかるより先にシフォンは斬られているだろう。もう少し早く気づけていれば……。

 このままではシフォンは助からない。また一人、仲間を守れなかった……。

 私の職業はナイトだ。みんなの盾になり、みんなを守るのが私の仕事だ。最後まで生き残ってはならない。最初に死ぬのが私の役目。

 どうして私が生きている? 仲間たちは勇敢にも立ち向かっていき、斬られたというのに。

 私が弱いからだ。戦っても、守っても、指揮をしても、なにひとつ、なにひとつ『生ける屍』には通用しなかった。一匹すら倒せなかった。

 後悔してももう遅い。惨めさと情けなさでいっぱいになって、こみ上げてくるものを抑えられない。


 シフォン……みんな……

 ごめんなさい…………


 どこからともなく雷鳴が轟き、目の前が真っ白に光った。

 違う、雷ではない。私たちは晴れていたから野営をしたのだ。

 私たちの頭上に現れたその光は、周辺を眩く照らしながら地上に降り、その形を次第に一人の人間の姿へと変えていき、シフォンの上に落下した。

「ぷぎゃ」

 苦しそうな声を上げるシフォン。

 落ちてきた人間は、細身ではあるが立派な男の体をしていた。背丈は大柄とは言えないものの小柄でもない。歳は……私よりも若いだろうか。服はウール素材の赤・白のタータンチェックの長袖。ズボンはコットン素材のベージュの長ズボン。生地以外は初めて見る服装だが、どこか洗練されているような印象も受ける。一際目を引くのは左胸に穴が空いていて、そこから地肌が見えているのだが、その辺りにおびただしい量の血が付着している。本当に血なのかどうかは定かではないが、もし本物の血であるとすれば間違いなく失血死しているだろう。もしや彼も『生ける屍』?

 まばゆかった光は消え、辺りを照らすのは再び焚き火の明りだけとなった。

 カタカタカタカタ。動きを止めていた『生ける屍』が奇妙な音とともに再び歩きだした。

 標的はシフォンだ。

 シフォンの頭めがけて容赦なく振り下ろされる剣。

 こいつらには感情がないのか。子どもであろうと関係がないのか。

 だが遅い。先の光によって『生ける屍』は一瞬だけ動きを止めた。それは私にとってシフォンを助けるには十分すぎる時間だった。

「センチネル!!」

 このアビリティ(能力)は、自分の小範囲をありとあらゆる攻撃から守ってくれるシールドを展開する。

 ただし効果時間は30秒。使用後は2時間のクールタイム(再使用制限)が必要だ。

 構わずガツンガツンと攻撃してくる『生ける屍』たちだったが、このセンチネルの効果が続く限りは無駄である。バリアの内側には物理も魔法も通さない。

 私、シフォン、リリア、そして名も知らぬ少年。ほんの少しの間だけ格好つけさせてもらっているが、正直、このあとのことはなにも考えていない。

 四方八方『生ける屍』に囲まれて、このまま斬り殺されるのを待つしかないのだろうか。

「少年!!」

 叫んでもどうにもならないのかもしれない。だが、いまの私に出来るのはこれしかない。

 もうどうにでもなれ、だ。

「言葉が通じるかもわからないが、お前だけが頼りだ! なんでもいいからこの状況をなんとかしてくれ!!」

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