10年後 結婚生活

 午前6時、小島比呂は隣に眠る修平を起こさないようにそっとベッドから起き上がった。気持ちよさそうに寝ている修ちゃんの寝顔をまだ見ていたいが、仕事があるので我慢して朝の支度を始める。

 トイレや洗顔を終えエプロンを付けると、ちょうどアラームが鳴り炊飯器の炊きあがりを知らせてくれた。今日のおにぎりの具はどうしようかな?鮭と梅干は昨日作ったから、今日は昆布と何にしようかな?と思いながら冷蔵庫を開けた。

 シラスが少し残っているのをみつけ、あることを思いついた。そのままでもいいけど、ちょっとひと工夫して修ちゃんを驚かせたい。


 お弁当作りもひと段落した午前7時過ぎ、修ちゃんが起きてきた。

「修ちゃん、おはよ。昨日遅かったね。」

「ヒロ、ごめん。課長が2軒目行きたいって言うから遅くなっちゃった。朝ごはん、食欲ないからパン1枚でいいよ。」

「わかった。」

 昨日会社の飲み会に行くと言った修ちゃんが、帰ってきたのは12時過ぎだった。銀行という上下関係が厳しい世界で、頑張っている修ちゃんの姿をみると可哀そうに思える。


 修ちゃんがリビングに戻ってきたところで、二人で朝食をとり始める。コーヒーを淹れ、トーストしたパンにバターを塗る。コーヒーを一口飲んだ修ちゃんが驚いた表情を見せた。

「ヒロ、このコーヒーいつもと違って美味しい。」

「食欲ないって言ってたから、いつもよりミルク多めにして、隠し味にココアいれてみたよ。パン1枚じゃ、お昼まで持たないでしょ。」

「ありがとう。」

 さっきまで二日酔いできつそうな修ちゃんの表情が、少し活力を取り戻してきた。


 8時になり、修ちゃんと一緒に家をでた。駅まで歩いて10分、そこから5分ほどのところにヒロの職場である薬局がある。修ちゃんは駅から電車に乗って、銀行へと向かう。二人で暮らすと決めた時、修ちゃんはヒロの通勤を優先して物件を選んでくれた。

「じゃあな、ヒロ。今日はノー残業デーだから、早く帰れると思うよ。」

「今晩何が食べたい?」

「昨日のみ過ぎたから、あっさりしたものがいいな。」

「わかった。いってらっしゃい。」

 ヒロは修ちゃんが改札に入ったのを見届けて、自分の職場に向かった。


 ヒロが職場のドアを開けると、すでに事務の林さんが出勤してパソコンの立ち上げをしていた。

「おはようございます。」

「おはようございます。小島さんのニットかわいいですね。」

「ありがとう。」

 林さんがヒロが着ているニットを褒めてくれた。袖に透け感があり、最近のヒロのお気に入りだ。お気に入りのものを褒められると嬉しい。

「小島さんの服って、品がいいですよね。かわいいけど、かわい過ぎず、バランスがちょうどいいというか。憧れちゃいます。でも、私だと似合わないんだろうな。小島さん、仕草も上品で女の子らしいし。」

「そんなことないと思うよ。」

 林さんは褒めてくれるけど、「女の子らしい」って言葉の前に「男なのに」がつくと思うと複雑な気持ちになった。


 午前の仕事もひと段落して、薬局長の石橋さんが「小島さんと林さん、お昼行っておいで。」といい、二人で昼休憩に入った。

 ヒロは持参したお弁当をロッカーから取り出し、林さんは出勤途中に買ってきたコンビニのお弁当をレンジで温め始めた。

「小島さん、いつもお弁当すごいですね。唐揚げも美味しそうだし、焼きおにぎりも美味しそう。」

「唐揚げとかのおかずは日曜日に作り置きしてたから、朝におにぎり作っただけだから。」

 シラスをただおにぎりにするのも味気ないので、焼におにぎりにしてみた。醤油の香ばしさが食欲をそそる。修ちゃんも今頃、同じ弁当を食べているのかなと想像してしまう。


「小島さんの旦那さんって、銀行員なんでしょ。いいな。」

「高校時代から付き合っていた人が銀行に就職しただけで、銀行員と結婚したわけじゃないから。」

「私も彼氏欲しいし、結婚もしたいけど、できないんです。誰か良い人いませんか?」

 言外に修ちゃんの職場の人を紹介してほしいということを匂わせながら、林さんは愚痴っぽく言った。

「林さん、待っているだけじゃなくて、自分が変わらないと。愛されるようになるためには、努力が必要だよ。」

 ヒロも修ちゃんに好きになってもらうために、女の子になったし、料理も覚えた。服装も修ちゃんの好みに合わせて、あまり派手ではなく清楚な感じにまとめている。

「そうですよね。ありのままの自分を受け入れてくれる人がいいって思っていたけど、好きになってもらう努力しないとですね。」


 仕事の帰りにスーパーによった。「あっさりしたもの」という修ちゃんのリクエストに応えるため、スーパーの中を回りながら献立を考える。

 買いものもおわり、家にもどって夕ご飯づくりをはじめた。お味噌汁をつくり、副菜のほうれん草の白和えを作ったところで、ドアが開く音がした。

「ただいま。」

 定時上がりの修ちゃんが帰ってきた。朝よりも元気そうな表情に、ちょっと安心する。

「おかえり、ごはんもうちょっとだから待ってて。」

「なにか手伝おうか?」

「じゃ、大根おろし作ってもらっていい?」

「わかった。着替えてくるね。」

 

 テーブルに、主菜の鶏肉のみぞれ煮と副菜の白和え、味噌汁、ごはんを並べて、修ちゃんと一緒にご飯を食べ始める。

「みぞれ煮、美味しい。」

「よかった。修ちゃん昨日飲み会だったから、胃腸に優しい料理にしたよ。」

「ありがとう。」

 修ちゃんのために作った料理を、修ちゃんは美味しそうにご飯を食べてくれる。そんな何でもないことが幸せに感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君を好きなるまでの100日間 葉っぱふみフミ @humihumi1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ