第3話 走

 あ。


 忘れてた。


 僕がしなくちゃいけないこと。




 僕は立ち上がると、台所にいき、ずっと握りしめていたナイフを机の上に置き、その代わりにもっと鋭利なナイフを取り出す。


 刃面に反射して僕の顔が見えるくらいに磨かれたナイフが映し出したのは、まるで獲物を見つけた猛獣のような眼光鋭く、でも、頬を蒸気させ、ほんのり赤く染まっている顔だった。僕は頬についていた赤い血をぐいっと拭うとさっき彼が投げたスープの中の具材である目玉を踏み潰しながら、ドタドタと飛び出していった。


 狂った音楽が響く赤黒い部屋の中には生きているものは何もいない。


 ただあるのは冷蔵庫に入った人間の死体だけだ。




 やはり僕には彼の考えていることがわからない。点々とつく電灯の下、全身で夏の蒸し暑い風をきりながらそう考えた。


 走りながら、手にナイフと共に握っている花を見て僕はこの花の裏の花言葉を思い出し、ようやく彼の言いたいことがわかった気がした。僕は笑いながら言った。


「ああ、僕もそう思うよ」


 彼がそう述べたあと、日没後のアスファルトの道には2人の男が駆ける音がこだましていた。

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料理の目玉 小林 @kobayashi0221

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