頓宮早苗(本編Ⅳ:第28話)


「早苗ちゃん、仁ちゃんはどーしたの?」


 あはは。

 言われちゃってる。 


だそうですよっ。」


「へぇ。」


 馬場さんは、それだけで、ぜんぶ察してくれる。

 すごく楽で、とってもありがたい。

 名古屋の時は、いろいろ、大変だったなぁ。

 

「……

 いや、こういっちゃなんだけど、

 早苗ちゃんも、ほんと、強くなったねぇ。」


「そりゃぁ、

 わたしだって、ちゃんと、育ちますよ?」


「ははは。

 そうだねぇ。ほんとそうだわ。

 さって、仁ちゃんが他所の馬鹿共から余計なこと言われないように、

 定時まではしっかり仕事しようかねぇ。」


「はいっ。」


*


「こんにちはーっ!

 差し入れですっ!」


 情シスのみなさんが、ほっとした顔で近づいて来る。

 あはは。ひとり一個しかないのに。

 

 ……やっぱり、ね。


「こんにちはっ!」


「!?

 は、はやみさんっ??」


 あはは。

 動揺してる。がたって、音たてちゃってる。


「西荘さん、ひょっとして、がっかりしてますぅ?」


 ちょっとだけ、意地悪な気持ちになってしまう。

 まぁ、気持ち、すごく分かるんだけど。


「そ、そんなこと、ぜんっぜんありませんよ??」


 あはは。キョドってる。

 かわいいなぁ。

 

 そ、っか。

 かわいかったんだろうな、わたし。


「午後から来ますから、ちゃんと迎えてくださいねっ。」


「も、もちろんですともっ。

 じょ、じょ、上司になるわけですしっ??」


「明日香ちゃん、そんなこと、

 ぜんぜん気にしませんよっ。」


「そ、そうですね。

 そう……です……ね……っ。」

 

 あは、は。

 明日香ちゃんも、罪深いなぁ。


「好きな人が幸せになるのは、

 しあわせなんですよ?」


「……。

 そう、なん、でしょうか……。」


「男の人は、違うかもしれませんけれど、

 わたしは、そうですよっ。

 午後から、がんばってくださいねっ!」


「……は、い。」


 あはは。

 まぁ、そう、なっちゃうよね。

 奏太君の会社の子達に頼んで、合コンでもセットしてあげよっかな…。


*


「まさか、

 貴方にお昼を誘われるとは、思わなかったわ。」

 

「そろそろ、いいかな、とおもいまして。」


「そう。

 ……分かったのね。」


「はい。」


 無理、だった。

 あの時の、わたしでは。


「……


 ふぅ。

 

 ほんとにごめんなさいね、頓宮さん。

 あの時は、もう少し、言い方を考えるべきだったわ。」


「仕方ないですよ。

 門地さんも、必死だったんでしょうから。」


「必死、か……。

 そうだったかもしれないわ。

 

 ……ふふ、だめね。

 色恋沙汰って、ほんとに、理性を狂わせるわ。」


「桑原さんも、狂わされてるみたいですね?」


「……そう、ね。

 あの子が、業務に支障をきたすなんて、考えもしなかった。」


 そうかなぁ。

 明日香ちゃんが来てから、

 桑原さんは、いろいろフワフワしてたから、

 当然かな、って思ってたけど。

 

「この歳になっても、見えてないことは色々あるわね。」


 そっ、か。

 考えもしなかったけど。



「門地さんって、

 意外に、不器用さんなんですね。」



「あら。

 言うじゃない、貴方。」


「どうして、子ども、作らなかったんですか?」


「……。

 それ、聞くの?」


「せっかくですから。」


「……ふふ。

 貴方も、相当度胸が据わったわね。

 いまの貴方なら、ちょっとは違ったかもしれないわね。」


「……。


 きっと、だめ、でしたよ。

 明日香ちゃんみたいに、しっかり覚悟してなかったですから。」


「……。

 橘明日香、か……。」


「?

 たち、ばな、ですか?」


「……。

 ふふ。ふふふ。

 

 

 いまの貴方なら、教えてもいいかもしれないわね。」


*


「おっはようございますっ!」


 あはは。

 混乱してる。おもしろい。


「……こんにちは、頓宮さん。」


 こんな桑原さん、はじめてで。


「朝からおたのしみでしたねっ?」


 どうせなら、ゆうべは、って言いたかったなぁ。

 今後、いくらでもありそうか。


「……勘弁してください。」


 あは、あははは。

 照れちゃってる。可愛いっ。


「ちゃんと、できました?」


「……

 ……

 まぁ。」



 ずきっ



「……よかったです。

 ほんとに、よかったです。」


 嘘、だ。

 やっぱり、やっぱり。


「……仕事してください。」


 あ、追い払おうとしてる。

 めずらし。余裕、ないんだぁ。


「いいんですかぁ、そんなこと言ってぇ。

 半休は原則として前日申請ですよね?」


 あ。

 顔、赤くなった。


「……誠に申し訳ありません。」


 あはは、ひらあやまり。

 こんな、顔に、なっちゃうんだ。

 感情が、こんなに、動いてるなんて。


「あはは、うそです、うそですってば。

 ちゃんと、働きますよぉっ!」


「……ありがとうございます、頓宮さん。」


*


「!

 さ、早苗ちゃんっ。」


「えちちちちちちちっ?」


 あ。

 ぼんってなっちゃった。

 なんだよぉ。もう、可愛すぎるじゃん。


「……その。

 ご、ご、ごめんなさいっ。」


 あはは。

 あははは。

 

 だめ、だ。

 やっぱり、わたしじゃ、だめ、だったんだ。


「ううん。

 わたしも、幸せだよ?」

 

 これは、ほんと。

 ほんとに、そうだから。


「……ありがとう。

 ほんとにありがとう、早苗ちゃん。」


 ……。

 うん。

 決めたん、だから。


「ちゃんと、しっかり、働こうねっ。

 色ボケになったとか、枕採用とかって言われないように。」


「……うん。」


 明日香ちゃんは、気を引きしめると、

 すごく、かっこいい顔になれる。

 ずるい、なぁ。


「あ、残業は届け出制だからね。

 お願い。」


「……早苗、ちゃん。」


 あはは、あははは。

 これくらいは、いいよね?


*


 深夜の静岡駅は、静かで。

 御幸町も、県庁も、人通りもまばらで。

 

 ついさっきまで、東京にいたから、

 空の高さの違いに、戸惑ってしまう。


「急に、ごめんね?」


 どうしても、奏太君に逢いたくなって。


「ううん。」


 名古屋から来させてるのに、

 文句ひとつも、言わないでくれて。


「そんな気がしたから。」


 わかって、くれて。

 だれよりも、わたしのことを。


「明日、休むの?」


「……うん。」


 三連休に、したかったから。

 どうしても。


「そっか。

 僕も、休暇申請しといたから。」


 そうして欲しいことを、

 なんでも、わかってくれて。

 

 まるまるとしたやわらかい身体に、

 優しい瞳に、トゲのない声に。

 

 甘えて、しまう。


「……おさぼりさん。」


「早苗ちゃんも、だよ。」


 27号を北に向かえば、

 丈の高い建物は無くなって。

 

 空を、近く感じる。


「……。

 泣いても、いいのに。」


 あは、は。

 わたしも、泣くかと、思ってたんたけど。

 

「ううん。

 もう、泣かないよ。

 ……ちょっと、ほんのちょっと、痛いだけ。」


「……そっか。」


 ずっとそばにいてくれた人。

 わたしのために、名字まで捨ててくれた人。

 

「……ねぇ。」


「ん?」


「わたしと、桑原さん。

 うまくいくと、思ってた?」


「……。

 聞くん、だ。」


「うん。

 もう、いいかなって。」


「……。

 うまくいって、って思ってたよ。」


「ほんと、に?」


「……

 ほんとに。

 

 そう、思おうとしてた。

 でないと、そうなったときに、壊れそうだったから。」


「……そう、なれた可能性、

 0.1%でも、あったかな。」


「……わからない。

 僕は、桑原さんじゃないから。」


「……。

 奏太君から見て、桑原さんって、どうなの?」

 

「……

 

 、だと思う。

 上司だったら、いろいろラクそう。」


「あはは、

 楽だよ、すっごく。

 名古屋で、ちょっと、思い知っちゃった。」

 

 報告したことが頭に入ってなかったり、

 仕事の手順がおかしかったり、話す人の順番が違ってたり。

 結構、いろいろ、フォローしまくってた気がする。


「あの人が普通だと思っちゃうと、

 どこにも勤められないと思うよ。」


「うん。」


 明日香ちゃんの話聞いてると、

 情シスのリーダーもそんな感じみたいだから。

 そういう意味では、名古屋にいってみて、良かったのかな。


「……早苗ちゃん、

 もう少し落ち込んでると思ったけど。」


「あはは。

 わたしだって、成長するんだよ?」


 奏太君の、おかげ。

 恥ずかしくて、言えないけど。

 

「……そっか。」


「うん。

 奏太君、ざんねん?」


「……ちょっとだけ。」


 あはは。

 残念、なんだ。


 ……あ、れ?


「……遠回り、してる?」


「うん。」


 ……いつだって。

 奏太君は、いつだって、わかってくれる。


「……奏太君、

 どうして、待っててくれたの?」


「……今日、聞いて来るね。」


「うん。

 もう、いいのかな、って。」


「……早苗ちゃんが、凄く、凄く好きだった。

 早苗ちゃんだけを、一番近くで見てたかった。

 それだけ。」


 ……もう。

 そんなふうに、いわれちゃったら。


「……奏太君、知ってる?

 奏太君、結構、ポイント高いんだよ。」


 奏太君の勤め先で、

 「奏太君を縛らないで」と言ってくる子もいた。

 気にしちゃうから、伝えてないだけで。


「わたしでなくても、

 いっぱい、いたんだよ?」


「そう言ってくれるのは、

 僕の一生で、早苗ちゃんだけだよ。

 早苗ちゃんと結婚できなければ、

 僕は、ほんとに、棺桶に入るまで、独身だったと思う。」


 そんなこと、ぜんぜんないのになぁ…。

 どうして、そう思っちゃうんだろ。


「ありがとう、早苗ちゃん。

 僕なんかと、結婚してくれて。

 ほんとに、ほんとに、ありがとう。」


「……なんかじゃ、ないよ。」


 なんかじゃ、ない。


 掃除もしてくれるし、料理の跡片付けもしてくれるし、

 バーベキューにも連れて行ってくれるし、

 夜中までゲームしたいと言えばつきあってくれるし、

 ついさっき三時間前決めたことなのに、文句ひとつも言わないで、

 こうやって、息を合わせて、寄り添ってくれる。



(「桑原君を好きになった娘はね、

  みんな、幸せになるの。


  。」)



「いまでも、信じられなくなることがあるよ。

 いま、早苗ちゃんを、助手席に乗せてることが、

 隣で、話せていることが、ぜんぶ、夢なんじゃないかって。」


 ……。

 ふふ。


「ねぇ、奏太君。」


「……なに?」


 ……うん。


 息を、一度だけ吸って。

 ちょっとだけ、可愛い感じで。

 



 「こども、つくろっか?」




彼女に裏切られ女性不信になった僕は、

ゲームを紹介した部下に溶かされる


本編:幕間・外伝集



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彼女に裏切られ女性不信になった僕は、ゲームを紹介した部下に溶かされる @Arabeske

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