第3話

 ――その日から私は、金田家のハントに加わるようになった。

 サスケ君と裸を見せ合ったから親しみを感じた……訳ではない。

 あれは一般的な常識から大きく外れたダイスケさんの、無邪気な勘違いによる、事故だ。


 中学を卒業後、渡りのハンターとして二年間、各地で修業を重ねたが、一人で生きて行くには、私の実力ではマダマダだ。

 もっと逞しくなければ、いけない。

 この村へ来たのも有名な『羽鳥家』で、ソロハンターの修業が出来ないモノかと、訪ねるつもりであった。


 金田家のハントスタイルは『トリオ』。私は少々経験が不足している。遠慮なく鍛えて貰うつもりだ。


 トリオの基本は『どもえ』になる。三人が正三角形の頂点に位置し、同心円の軌道を同じ方向へまわる。

 『たがい』と違って同じ方向へ回り続ける『ともえ』では、ハンター同士の距離が常に離れる状態になり、顔を合わせての情報交換はできない。

 お互いによく気心を分かり合い、信じあう者の動きが要求される。難易度は非常に高い。


 その代り『互』で合流の時に狩場の反対側へ出来るから、カナムシ達が零れ逃げるのを防ぐ事ができる。


 この難しい連携技の『巴』を、格好をつけて取り入れるカップルデュオハンターも多くいるが、大抵息が合わず、ケンカ別れする場合も、同じく多い。

 リア充への道は険しいのだ。



 ――金田家の『巴』は少し変わっていた。


 走りながら、基本の正三角形は特に意識せず『カタパルト』のダイスケさんに何度も接触し、適切な場所へ飛ばしてもらう。

 ダイスケさんは巨体の分、動きは力強いが機敏ではない。天才のサスケ君はもとより、私にでさえ、そのスピードは劣る。


 だが、腕力とコントロールの良さは、みたいに抜群だった。


「がっはっはっ! 外にいる何匹か、取り込んで来いっ!」


 ぶおんと風を切る音と大声で、サスケ君を狩場の外へ軽々放り投げる。

 小柄なサスケ君が、あっと言う間に30メートル近く飛んで行った。虐待行為では無いのか? サスケ君はニコニコと足から着地すると、タッと追い込みに走る。これが日常らしい。



 ――私も何度か、飛ばせてもらった。

 ダイスケさんの巨大な手を踏むと、次の瞬間、身体を縮めるような重力と同時にビュウと耳が鳴り、2メートル程の高さを20メートルも飛んだ。

 私が跳躍を使えば、更に距離は伸ばせるだろう。

 逃げ惑うカナムシの群れを飛び越えて、その先へ着地する。

 そのまま巴の軌道に戻るだけで、さっきの群れを追い込める形の位置取りだ。見事な射出技。


(――おもしろい!)


 こんなハントを普段から繰り返しているから、サスケ君の背は伸びないのだろうか? ふと、そんな事を考えた。




 ――金田家で暮らし、トリオハントも板に付いてきた頃に、サスケ君のお母さん『金田サナエ』さんが帰ってきた。

 この女性ひとは、てっきり羽鳥家の構成員かと思っていたのだが、実は本家のお嬢様。

 羽鳥家総帥の娘さんなのだという。


 サスケ君は、とんでもないサラブレッド。

 ――『天才』では無く『天命』だった。


「あなたの協力が欲しくて……」

 羽鳥家として全国を旅するサナエさんが、ダイスケさんに言う。

「む? 抱いて欲しくなったか?」

「馬鹿なの?」サナエさんが呆れる。


 サスケ君は顔を真っ赤にして項垂れた。




 ――少し離れた他県に有る、乾燥地の公共狩場で、『王カナムシ』の発生が確認された。

 バカな若者ハンターグループが、大規模な違法ハントを行なったらしい。

 海外では広大な狩場で多くのハンターたちがバギーを乗り回し、一度に大量のカナムシを追い詰め爆破するという、大がかりな狩りが横行している。

 これを真似した動画が、投稿サイトにアップされたようだ。


 日本のような狭い国土の狩場で、こんな無茶な狩りをすれば、環境変化のストレスで、カナムシの中に『王カナムシ』という特殊個体が、たまに生まれる。

 この王カナムシ、通常と違って人が近づいても、爆発させる事ができない。

 また普通より、大きさも移動速度も、数倍するという厄介な代物だ。

 その王カナムシが多数集まり、『羽城はじろ』という状態を作ると、今度は中から一頭の『女王カナムシ』が誕生し、その狩場を飛び去るのだという。

 女王が逃げ去った後、二度とその地にカナムシが生まれる事は無くなり、狩場は枯れる。



 ――事態は緊急。私たちは羽鳥家の車で狩場を目指した。



「――キリカちゃん! 『三段ロケット』を使うぞ!」

 私はもう既に、ダイスケさんから『キリカちゃん』呼ばわりされていた。

「え!? あれってで試していた技では?」

「金田家は何時でも本気! 我が家は実戦しか求めぬ!」大声を降らす。

 隣のサナエさんにも降り注ぐので、彼女は細い指を両耳に突っ込んで迷惑顔だ。

「――キリカさん、ゴメンなさいね? 手伝ってもらえる?」

 憧れのソロハンター『羽鳥サナエ』さんに話しかけられ、美しい声にポーっとなった。

「は、はいっ! もちろん!」

「うふっ……サスケから聞いてるわ。とても息の合う、いいコンビなんですってね?」

 サスケ君に似たとび色の、クリリとした瞳がジッとのぞき込んでくる。

「さ、サスケ君が天才だから……」

「うん! この二人はイイっ! やはり裸の付き合いは、お互い絆を深くする! 俺の先見!」

「と、とうちゃんっ!」

 サスケ君があわてて止めた。

「え? はだか? そうなの、サスケ?」

「お、おかあちゃんまでっ!」


 サスケ君も私も、顔がまっ赤だった。




 ――乾燥地の見渡す狩場には、既に多くの『羽鳥家ハンター』達が展開していた。

 普段はソロハンターとして、全国を飛び回っているベテランが協力し、あちこちで王カナムシを追い立てている。

 いつもはカナムシを集めるように動くのだが、王カナムシの場合、一か所に集まらないように、散らさなければいけない。

 彼等が集まれば、あっと言う間に『羽城』が作られ、女王が飛び立ってしまうからだ。

 この広大な狩場が枯れる事になれば、被害は相当なものになる。



「――父さん、金田家を連れてきました」

 サナエさんの案内で、高台に陣床几じんしょうぎで腰掛け、狩場の様子を眺めている初老の元へ連れてこられた。

 羽鳥家総帥『羽鳥マヨゾウ』。サスケ君のお爺ちゃんだ。


「おお! ダイスケ君、世話になるよ」

「お久しぶりです! お義父さん!」


(――なにか、にこやかに挨拶しているが、二人の間に火花が散っているような……?)


 愛する娘を奪った、憎き巨人……といったところか。


「スカイダイバー・ハンターを用意しようと思ったが、緊急時案でな。間に合わんかった」

「いえ! 俺たちが! 解決しましょう!」


 ばちばち!


「二人ともイイ加減にしなさい」

 サナエさんが、間に割って入った。




 ――金田家の作戦はこうだ。


 現在、必死に王を散らしているハンターたちの行動を、APアタックポイントを定めた通常のモノに切り替える。

 これは、あちこちに羽城が作られてしまう事を防ぐため必要だ。

 多くのハンターが全ての王カナムシをAPへ囲い込み、集まって作られた羽城に女王が誕生する瞬間、われわれ金田家のサスケ君が城の上空へ飛び、女王を捕獲する。

 その高さは、およそ15メートル程になりそうだ。


 具体的には、肩に上げられたダイスケさんの両手に私が乗り、同じように、私の肩にサスケ君が乗って、上空へ向かって順次飛び上がっていく、金田家のトリオ技『三段ロケット』だ。


 さらに、私を飛ばした後ダイスケさんは、今度はサナエさんを、渾身の打ち上げでサスケ君の元へと送る。

 金田家、夫婦技『愛の打ち上げ花火』。


 上空でサスケ君に合流したサナエさんが、サスケ君の腕をとり、グルリと回転。

 その勢いで彼を、女王の飛び立つ更なる上空へ送り出す。


 すべてを合わたその名は、金田家、必殺カルテッド技『スウィング・バイ』!!

 私が加わり四人となった金田家の、最終奥義だ。



 ――カナミウムの七色に輝く翅を持つ女王を捕らえれば、光の翅がサスケ君の全身を覆い、腕の中で女王の体は霧散し狩場全体に降り注いでゆく。

 彼はその光をまといながら、ゆっくりと降りてくるという。


 女王の霧散した光に覆われれば、この狩場が枯れることはない。

 それはきっと美しい光景だろう。見るのが楽しみだ。


 その頃、私とサナエさんは地上のダイスケさんにキャッチされている筈で、巨大な腕の中から見上げなければならないのが、少々残念。




「――ハンター達にも疲れが見え始めているわ……そろそろ行きましょうか? アナタ……」

 サナエさんがダイスケさんを見上げる。

「――おう!」

 見下ろすダイスケさんは、チョット見た事が無い優しいまなざしだ。


「――サスケ!」

 羽鳥家総帥、マヨゾウさんがサスケ君に言う。

「この試練、見事成し遂げて見せろ! の跡取りとしてな!」

「じ、じいちゃん、それは……」

「お義父さん? サスケはの跡取りですが?」


 ばちばち!


「……おやめなさい」

 サナエさんが、深くため息をつく。



「――キリカねえちゃん……」

 サスケ君が、私の手を握ってきた。相変わらずふっくらと小さく、可愛らしい手だ。


 見上げてくる視線に、出会った頃よりチョットだけ背が、伸びた気がする。


(――彼を肩に乗せて走れる時間は、もうそろそろ終わるのかもしれないな)


 小さな手をキュッと握り返した。


「――サスケ君……怖い?」

「ううん。キリカ姉ちゃんと一緒なら、オイラ、大丈夫さ!」

「うふふっ! アタシもサスケ君と一緒なら平気!」


 私がニッコリすると、サスケ君は、堪らない笑顔を返して、見上げてくれる。

 彼は父親に似て、大きくなるのかもしれない。


 ――その時は、私が、サスケ君に飛ばしてもらえばイイ!



 ――大人げなく言い合う、ダイスケさんとマヨゾウさんを見ながら考える。


『金田キリカ』と『羽鳥キリカ』。



 どちらの名前も、嫌いじゃ、ない。




 ―――― 了。

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カナムシ ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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