第2話

「――お姉ちゃんは、のハンターなの?」


 タオルで額の汗を押さえながら少年が聞いてきた。


「うん、まあネ……ここはキミんの狩場なのかい?」

「いや、ここは村の公共狩場だよ。誰が入って来ても大丈夫」

「村の? へぇ、随分恵まれてるんだね」

「大きなが村に有るから」

「……それって、羽鳥はとり家?」

「うん」


 ハンター集団『羽鳥家』。有名なソロハンターを数多く抱える、全国規模の団体だ。

 実は、私がこの村を訪れた目的の、ひとつでも有る。


「……君は、羽鳥の子なの?」

 それなら、この少年の優れたハンター技術も、頷ける。


「羽鳥はさ。おいら金田かなだ、金田サスケ」

「サスケ君か! あたしはキリカ。三好みよしキリカよ。よろしくね、サスケ君!」

「うんっ、よろしく! キリカ姉ちゃん!」




 ――サスケ君は、天才少年だった。


 汗が引いた後に彼が「の練習がしたい」と言い出し、私はそれに付き合うことにした。普段は父親の『ダイスケ』さんと二人で、デュオハントなのだという。


 羽鳥家の母親を持つサスケ君の実力が知りたい、という気持ちも有ったので、これは好都合。

 私の基本スタイルはだが、渡りハンターとして各地で様々なスタイルを経験してきたので、一通りの事には対応できる。



 ――100メートル先に目標とするAPアタックポイントを決め、そこを中心に左右へ分かれ、半径100メートルの円を描きながら走る。

 この円の中にいるカナムシが、中心のAPへ向かって逃げる様に、少しずつ径を狭めて走るのだ。

 スタート地点と、その反対側ですれ違う事になり、この時にどれだけ狩場を狭くするか、どちらが内側を駆けるかなど、合図を出し合って瞬時に決定する。

 デュオハントの基本形『たがい』だ。


 『互』では同じ円周上を、同じ速度で走り合うのが良い、とされている。

 私もその基本に従い、APを等角度に見て均一の速度で、レーダーと睨めっこしながら円を描き走った。

 軌道をふさぐススキの群れなどは飛び越え、なるべくキレイな形に駆けることを心掛ける。


 ――だがサスケ君は違った。


 レーダーの隅っこに映る彼の光点は、滅気状態を示す赤色で大きく外側へルートを外れ、かと思ったら、滅気解除の青い色に変わり、円周上に戻るを繰り返す。

 狩場の円の外側にいるカナムシを、一匹でも多く取り込もうと、カナムシの場所を確認しながら進行ルートを変更する。

 そのタイミングが絶妙だ!

 さらに外れる時のスピードは恐ろしく早く、あっと言う間に外側にいたカナムシが、APへ向けて誘いこまれる。

 そんな不規則な動きをしながらも、ピタリと私の速度に合わせ、予定の合流地点ですれ違った。


「――サスケ君! ナイス!」

「えへへ! キリカ姉ちゃん、一気に10メートル追い込もう!」

「わかった!!」


 初めてコンビを組んだ、デュオハントとは思えない!

 すれ違いざま、ニッコリと微笑み合った。


(――やりやすいっ!!)


 サスケ君の、飛び抜けた身体能力と勘どころに舌を巻きながら、「負けてられない!」と気合が入り、ワクワクする。


(こんな楽しいハント、久しぶりだ!)


 私はレーダーの端で、赤く青く点滅しながらカナムシを追う光を、更に目で追い、笑顔で合流へ向け駆けて行った。




 ――サスケ君のお父さん『金田ダイスケ』さんは、巨人だった。

 もちろん一般的な男性に比べてだと云うだけで、けして『人外』という意味ではない。


「すみませんね! せがれの我がままに付き合ってもらっちゃって! おもてなしは出来ませんが、今日は泊っていってくださいっ!」

 と、大きな声が降り注いでくるので、小柄で臆病な私は断れなかった。

「あ、ありがとうございます」

 正直、この村に知り合いなんか一人も居ないので、助かると言えば助かる。




 ――楽しかったデュオハントは、最終的にカナミウムコイン七枚になった。山分けだ。


 半径4メートルほどの円の中、逃げ場を失ったカナムシが作る小高い山が、APで褐色にガサガサと揺れ動いている。

 それを挟んで、向こう側を駆けるサスケ君と目が合った。

 10メートル近く離れていたが、荒い呼吸がかかりそうなほど、顔を近くに感じる。

 ニッコリと歯を覗かせた彼が、飛ぶつもりだ。

 頷き私は、スピードを上げた。


 カナムシは昆虫ではないため、翅が無く空は飛ばない。地面を素早く動いて逃げるだけの、二次元の生き物だ。

 自分の上空に対する警戒心が、少々薄い。

 追い詰めたカナムシへの最後の攻撃は、上空へ飛び上がってから、APめがけてのになる。


 ――ソロの場合は追い詰めた本人が飛ぶのだが、カナムシが嫌う存在が上空へと消えるため、途端に気配の無い四方へ、サッと山を崩し広がってしまう。

 追い詰めた全てをハントする事は難しく、山の中心で逃げ遅れた者だけが爆破されるのだ。

 その無駄を無くすために、ソロはAPに落とし穴を掘ったりするのだが……デュオではそれが必要ない。


 一人が宙へ飛び、もう一人はカナムシの山を崩さぬように、回り続けて抑え込む。


 速度を上げてサスケ君との合流へ駆ける。山はAPから動いていない!


「いいよ! サスケ君!!」

「キリカねぇちゃんっ!!」


 ポーンと正面で飛び上がったサスケ君を見上げて、両手の指を組みあわせた。

 落ちてきた足を手のひらに受けると「それっ!」っとAPへ向け小さな身体を放り上げる。

 軽い! 高々と上がったサスケ君のからだは、クルクルと上空で回転し、着地場所の微調整をしていた。

 上手いぞ! 山を守って走る私は、彼の動作から目が離せない。


 上空からAPめがけて、頭から落下していった。


 ぼふっ!!


 大きな破裂音に包まれ、サスケ君の身体は一度ふわりと空中で止まり、クルリと足から地面に降りる。


 ――揺れていたカナムシの山は消え、薙ぎ倒された草の上に七枚のカナミウムコインが、虹色に光っていた。




「――メシが炊ける前に、風呂を使って下さい! 汗かいたでしょう!」

 ダイスケさんが大声を降らす。

「い、いや……アタシは最後で……」

 泊めてもらい食事まで用意して貰えて、そのうえ一番風呂なんて申し訳がない。

「そんなこと言わず! 冷めてしまう前に!」

「え、え~ぇ……じゃぁ、サスケ君? 一緒に入ろうか」

「おおっ! そりゃぁいいっ! サスケ! キリカさんの背中を流してあげろ!」

 小さなサスケ君の上にも、大声が降る。


「お、オイラは……後でイイよ……」

 サスケ君は、顔を真っ赤に染めて拒んだが。

「馬鹿野郎っ! こんなの申し出を断る奴が居るかッ!」

 ダイスケさんの巨大な腕が、ひょいとサスケ君を摘まみ上げ、のっしのしと風呂場へ向かった。

「まったく、羨ましいぞ! キリカさん、こっちです!」

 言いながらポイポイとサスケ君の服を、片手でドンドン脱がしていく。

「わぁあっ! とうちゃん、やめてよ~っ!!」

「母親がいる時は一緒に入ってくれるんですがね! コイツ、俺とは入りたくないって! 狭いからって! 耳の後ろとか洗ってやって下さい! がっはっはっ!」

「とうちゃん! とうちゃ~んっ!」


(あら……カワイイおしり……)


 ぺちんと一回お尻を叩かれ、サスケ君は湯舟にドボンと放り込まれた。



「――ねえねぇ、サスケ君?」

 小さな背中を流しながら、ふと気になったことを訊ねてみる。おや? たしかに耳の後ろが汚れているゾ。

「サスケ君って、としいくつ?」

 石鹸で洗っていた耳が、みるみる赤く染まっていった。


(九歳、十歳位かな? いくらなんでも低学年とか無いよね……)


「……う、よ……」

「え? なに?」

「……じゅう、よん……さい」

「!……」


 ――けっこう、いってた。


(……みっつ……年下)


 サスケ君は父親と違い、成長が遅いタイプらしい。


(ちょっとダイスケさん! 息子のとし、わかってるのっ!?)


 ――サスケ君の耳を洗う、私の耳も、染まっているようだ。

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