カナムシ

ひぐらし ちまよったか

第1話

 ――カナムシを、ご存じだろうか?


 カナブンではない。だ。

 海辺の岩礁地や防波堤などで集団を見掛けるフナ虫に、見た目や行動が非常に酷似している。

 『海ゴキブリ』とも呼ばれるフナ虫だが、昆虫ではなく、甲殻こうかく類。子供に人気の、かわいいダンゴ虫の仲間だ。

 波打ち際を素早くカササ……と、逃げていく姿が気持ち悪く、不本意なあだ名で呼ばれるが、ゴキとは別種。似ているけれど赤の他人。

 少しは愛してもらえただろうか?



 カナムシも、彼等と同種の生き物。多数の対になる足を持っているので、地上を高速で移動ができる


 何度も『らしい』を繰り返すのには、訳が有る。


 ――カナムシの詳しい生態を、人はまだ把握できていない。


 彼らは広く開けた草原などで、ひっそり暮らしている。

 そういった場所を一人で歩いていると、自分を見つめる視線に気づく事が有るだろう。


 ――カナムシだ。


 多くの人は、彼らの姿を確認することは出来ない。

 視線の元へ近付くより素早く、逃げ去ってしまうからだ。

 防波堤でフナ虫を追いかけた経験をお持ちの方なら、ご存じだろう。彼らを捕まえる事の難しさを。

 カナムシたちは、そのフナ虫をはるかに凌駕する警戒心と、反応スピードを兼ね備えている。


 ――カナムシは、捕まらない。



 フナ虫と、カナムシを分ける大きな違いは、それだけではない。


 泥を食べ、栄養分を摂取して生きているカナムシ。

 その食事中に含まれる微量なを、身体へ取り入れ、これを蓄積しているなのだ。



 その金属の名を『カナミウム』という。

 カナムシの体内からのみ、ごく僅かな量が採取できるレアメタルだ。


 この貴重な金属が近年注目を集めていた。

 非常に効果的、かつ使い勝手の良い『光触媒』として、産業界に革命をもたらしたのだ。

 常温で光を当てるだけで、同じくレアメタルの白金やチタンより、更に効率よい酸化還元反応が得られる。

 照らす光線の強弱によって、触媒反応の速度やバランスが変わるという、おまけ付きだ。



 それ以外にも更に奇妙な特徴を合わせ持つ。

 似たような姿かたちのフナ虫との、決定的な違い。

 この特徴のためカナムシを、生物と認めない学者もいる程だ。


 ――人は彼等に、さわる事が


 指を触れようとした途端、『ぼふ』っと大量の気体を発生し、身体が霧散してしまうのだ。

 人が生きた状態の彼等を捕らえることは不可能だった。近付いただけで、爆発してしまう。

 後に残されるのは、体内に蓄えられていたカナミウムの、虹色に輝く小さな粒。胡麻ごま粒にも満たない大きさだ。

 平原の中これを集めるのは大変な労力だが、不思議なことに、多くのカナムシを一か所で霧散させれば、大きな風を発生させ、コイン状にまとまった形のカナミウムの塊りが採れた。

 更に大量に数を集めれば、のような大きさの金塊にすらなる。


 ――彼等が『カナムシ』と名付けられる、所以ゆえんであった。



 直接観察できないという特殊な性質のために、その有用性を知ってはいるが、研究はほとんどされていない。

 人工飼育も繁殖も、出来ない状態だ。


 生態はほぼ謎のまま、人類はその生き物の正体すら実は、本当のところを分かっていない。



 だが、人は……カナムシ自体を、捕らえる事が出来無くとも……なるべく多くのカナムシを追い集め爆発させて、貴重なカナミウムを手に入れる。


 ――私たち『カナムシ・ハンター』の、仕事だ。




 背丈は有るススキの群れを、ソッとかき分け進む。

 二本の大きな河に挟まれた、広い中州のような平原。向こうの河まで2~3キロ程は続いているだろう。広い。

 カナムシの生息場所としては、打って付けだ。

 その中を息を殺し、慎重に進む。


 ハンターとして最初に覚えるべき隠密スキル『滅気めっき』。人の気配に敏感なカナムシに、ギリギリまで接近する為、必須の技術だ。

 それでも近付ける距離は、せいぜい5~6メートル。カナムシたちは鋭敏えいびんだ。

 もっとも1メートル以内まで接近してしまうと彼等は、有無を言わさず爆発・霧散してしまう。


 このスキルを追い込み中にオン・オフしながら、逃げる彼等を一か所にまとめていく。

 これを自由に使いこなせるようになって、初めて一人前と言えるだろう。

 名人は更に強弱の変化を付けて、細かいコントロールを行なうそうだ。


(――この辺りで少ししてみるかな?)


 河原から広がる平原を500メートルほど入り、腕時計型の『索虫レーダー』を作動させてみる事にした。

 カナムシの体内カナミウムに反応して、どの方向にどれだけの数のカナムシがいるのか、ひとめで分かるすぐれものだ。

 私を中心にした半径200メートルの情報が、光の点として表示される。


 気配を消したまま立ち止まると、レーダーを起動し……。


「!」


 画面を覗いて肝を潰した。無数のカナムシが私めがけて接近中だ! その距離10メートル!


(まずい! ハント中だ!)


 あわてて滅気を解除した。

 このまま近付かれたら、せっかく追い込んだカナムシたちを、無駄に減らしてしまう。

 スキルを消した途端、私に向かっていた光点の塊りが二つに分かれ、脇を通り過ぎてゆく。

 私の立つ両側のススキがかるく音を立て、根元を逃げる様子が微かに分かった。爆発風は感じない。霧散してしまう最悪は防げたようだ。


(――結構な頭数だぞ……困ったな。地元の実力者かも知れない……)


 でハントを行う私は、地元ハンター達とのトラブルになることをおそれた。

 ハントの最中に気付かず侵入した私が、等の狩場を荒らした事になる。


(まるで追い込んでいる気配を感じさせなかった……相当な名人だろうか?)


 この広い草原に入る際に確認したが、人の気配や、まして、狩りをしているきざしなどは見られなかった。

 静寂の平原にやわらかく風が吹き、所どころに群生したススキや、腰丈ほどを覆うイネ科植物の長い葉を、撫で滑らすだけ。



 狩りの邪魔をしてしまった私に、どんな罵声が浴びせられるのか、内心でビクビクしていると、ススキの群れが左右に別れ、間からが姿を現した。


「――あれ? 、ひとりだけかい?」



 ――正直、言葉を失った。

 草むらから顔を出したのは子供。まだ十歳にも成っていないだろう一人の少年だった。

 肩で息を切らしながら、不思議そうにパチパチと私を見つめ近付いてくる。


「……よかったぁ……グループのハンターだったら怒られちゃう、と思ってたよォ……驚かせちゃってゴメン……えへへっ」

 そう言って小さな鼻をこすり、あどけない笑顔を見せた。

 身長は小柄な私よりも更に小さく、見上げるクリっとしたとび色の瞳に、サラリとした黒髪が可愛らしく流れる。

 ――柄にもなく、胸がときめいた。


「――あっ、アタシこそごめん! 気が付かなくって……群れを、ふたつに割ってしまったね……ゴメン……」

「ううん。追い込みの練習してただけだし、気にしないで」


(練習だって? 完璧に気配を消せてたぞ……それに、この子がたったで、あの数のカナムシを追い込んだ……)


 私は、木綿のシャツを鼻の下へ持ち上げ、細いおヘソを見せながら顔の汗を拭う少年に、驚きの表情が隠せない。

「ぁ、ああ……麦茶で良かったら、持ってるよ? 飲む?」

 ウエストポーチから水筒を取り出し、渡してあげた。ついでにハンドタオルも貸してあげる。

「わぁ、ありがとう! いただきます!」

 無邪気な笑顔で嬉しそうに受け取り、こくこくと小さな喉を鳴らして飲んでいる。


(……カワイイ……)


「……っ! 冷たくって、美味しいや!! えへへ!」

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