一輪の真実を

浜風ざくろ

一話


 私は噓つきだ。


 欺瞞に満ちていて、卑屈で、回りくどい。


  

  兄さんが結婚した。


 私の大好きな兄さんが。


 私にとって兄さんは何よりもかけがえのない存在だった。苦しい時も悲しい時も、兄さんといつも一緒だった。


 私たちのお父様やお母様が事故で亡くなった時だって。


 自分も辛くて堪らないはずなのに、私が寂しくないように「ずっと一緒だから」と慰めてくれたんだ。


 その言葉が嬉しかった。


 兄さんだけは私を分かってくれる。私を見てくれる。


 最愛の人。


 何よりも誰よりも愛おしい兄さん。


 そんな兄さんが、とうとう私のもとを離れる時が来た。





 結婚式場は、穏やかな春日の中にあった。


 親戚一同が、兄さんの友人たちが、笑いながら涙を流しながら二人を祝福する。


 おめでとう、の声を耳が腐り落ちるくらい聞いた。


 花婿と花嫁は、赤い絨毯が引かれた道を歩きながら照れくさそうに笑いあっている。


 花嫁になるのは兄さんの幼馴染だ。小さなころからの付き合いで、兄さんと仲が良かったが、がさつで無神経なところがあり、兄さんを良く叩いていたからあまり好きではなかった。


 だが、男勝りの少女の姿は影もなく、純白なドレスを見事に着こなして可憐で秀麗な佇まいを見せている。今まで見たどんな女性よりも美しいと思えた。


 対する兄さんは、普段はお洒落になんて頓着がないくせに、髪形をオールバックにして白いスーツを身に着けている。


 馬子にも衣裳という言葉が思い浮かんだし、周りの友人たちからもそうやってからかわれ笑われていたが、私は全く笑うことができなかった。


 いや、笑ってはいた。


 でも、それは嘘の笑いだ。


 私は、自分の気持ちにさえ蓋をして嘘をついてしまう。


 そうしないと、自分を守れないから。


 二人の照れくさそうな笑いはきっと幸せの証左なのだろう。何よりも欲して決して手に入らなかったその光景が羨ましくて仕方がない。


 そんなことを思いながら、私は二人の前に立った。


「優香……」


 私の顔を見た兄さんが気まずそうにつぶやく。二人とも表情が陰ったのは、私の気持ちを知っているからだ。


 二人が付き合ったとき、私は兄さんに泣いて「別れてほしい」と縋ったから。


 でも、私は嘘を重ねる。


「二人ともおめでとうございます」


 微笑みを浮かべながら私は言った。


 祝福されるとは思ってなかったからか、二人は困惑した表情を浮かべたが、すぐに笑顔を返してくれた。


「ありがとう、優香」


「優香ちゃん……」


 感激したように口元に手を当てた幼馴染の女は言葉を区切って、言った。


「優香ちゃんも、どうかお幸せに……」


「ええ、嬉しいです。私もいつかお二人のように幸せな結婚をしてみたいです」


 にこやかに告げながら、私は後ろ手に隠していた植木鉢を幼馴染の女に差し出した。


「これ……プレゼントです」


「お花……?」


「私の大好きな花です。どうか受け取ってください」

 

 二人は植木鉢をのぞき込んで、そこに植えられた真っ白な花を目にすると嘆息した。


「きれいな花だな……」


「うん……小さくて可愛いわね。なんて花なの?」


「スノードロップといいます。日本ではお正月の誕生花で、『雪の雫』という意味です。花言葉は『希望』です」


「希望……ね」


 兄さんが確かめるように、噛みしめるようにつぶやいた。


「貴方たちのこれからに……いえ、奥様に希望があらんことを」


 幼馴染の女に植木鉢を手渡すと、彼女はその綺麗な瞳から涙を流した。感激している。意味も分からずに。


 兄さんが、幼馴染の女の肩に手を置いた。寄り添う二人を水面のような静かな気持ちで見つめた。


 私は嘘つきだ。


 でも、花嫁に渡したこの花へ込めた想いに一切の嘘はない。


 この日、私が示した唯一の真実は、花言葉。

 


 

 

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一輪の真実を 浜風ざくろ @zakuro2439

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