第3話

薫子の声が聞こえなくて、イヤホンを外す。


するとさっきまでずっと当たり前のように響いていた音楽が鳴り止んで、一瞬理解が遅れる。


初めて、外でイヤホンを両方外した。


まるで静寂に包まれた世界。耳元の爆音に慣れた私からすれば、周りの喋り声や他の物音なんて気にならないくらい小さい音で。


「私の声……聞こえる?」


なのに、薫子の声だけ妙にはっきり聞こえた。あんなに聞き取りづらかった声が、意識しなくても耳に入ってくる。


薫子の声以外の音が消えたような、不思議な感覚。


「あれ……音ってこんなに、小さかったっけ……」


そうだ。思い出した。私が今までずっとイヤホンを付けてきた理由。


「こんな小さい音のために、私って今まで馬鹿みたいじゃん」


別に、曲を聴くのが好きなわけじゃなかった。小さい頃から当たり前に隣にあるものに対して、快も不快も強く覚えることはなかった。


「私、如月さんとイヤホンで曲を聴いててわかったの」


薫子の声だけが、私の耳に届く。


「イヤホンを外すと、結構違うでしょ?一気に色んな音が増えたり、逆に一気に音が消えたり」


「そう……だね。確かに」


「気にならないでしょ?爆音に慣れた耳じゃ、周りの音なんて」


わかっていたんだ。ずっと。薫子は私がイヤホンを付けている理由にずっと前から気付いていたんだ。


「あ、あとスカート似合うから自信持ちなよ」


何それ。取ってつけたような褒め言葉。


「薫子。私のこと前から気になってたらしいけど、それってまさか野次馬根性じゃないよね」


その意趣返しとして、ちょっと意地悪な質問をしてみる。


「まさか」


嘘だか本当だかわからないような、悪戯っぽい笑顔。でも、そのどちらでもよかった。


だって、今まで見てきた景色と今見ている景色は全然違う。


今まで気にしてきた周りの声が嘘みたいに小さい。薫子の声しか、はっきりと聞こえない。スカートなんて履いてとか、あの子って噂の?とかそんなような声が、全然聞こえない。


それに、ずっと響いていた音楽が鳴り止んでなんだかスッキリした。


音がないことがこんなに清々しいなんて。


「初めてだわ…初めて、こんな……」


自分でもよくわからないけど泣けてきた。


初めてってこんな感覚なんだ。知ってる言葉じゃ表しきれない、神秘的な感覚。

薫子が羨ましい。こんな感覚を、今までたくさん味わってきたんだ。


「ねぇ、如月さん。きっと如月さんにも、まだまだ体験してないことあると思うよ」


確かにそうだ。まさかこの年齢でまだやったことないことがあるなんて思いもしなかった。


「そうだね……ありがと、薫子」


薫子にそんなことを教えてもらうなんて。


「フラッペ、一緒に飲もう!もちろん、イヤホン無しで」


私の耳は、私に都合のいいようにできているからきっと、イヤホン無しでも大丈夫だ。


周りの声なんて聞こえない。


音が消えたような世界で。ここにいるのは、私たち2人だけだ。


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音が消えたような世界で 薫木こんぶ @kaorugi-konb

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