九月十三日
気が付いてしまった。気が付きたくなかった。
包丁を手に握っていて、思い出してしまった。ミノリを突き刺したのはぼくだ。
きっかけは何だっただろう。よく覚えていない。些細な言い争い?それとも積もり積もった日々のすれ違い?ぼくはそんなことで大切な人を殺してしまうような人間だっただろうか。
ミノリは死ぬほど優しい。死んでも優しかった。
扉の鍵やチェーンを閉めたのはミノリ本人だ。彼女自身が殺人を偽装し、自殺に見せかけようとしたのだ。お腹に包丁を刺したまま、歩き回って。すべてが終わって、毛布に入って息絶えた。
人間は腹を割っただけではそう簡単に死ねないらしい。だから切腹の時には首を切って介錯する人が隣につく。
ミノリは死ぬときに苦しんだだろうか。苦しんだだろう。お腹に包丁が刺さったまま動き回ったのだから、苦しくなかったはずがない。
それでも彼女はぼくを助けてくれた。彼女を刺したぼくをかばうために、殺人者にさせないために苦しみを引き受けてくれた。ぼくのために。それがどんなに嬉しいことか。そしてその事実がどれほど苦しいことか。
たった一つの救いは、ミノリを殺した人間をこの手で殺せることだ。前々から探していた憎しみの行きつく先が見つかった。
彼女を殺したように、包丁で腹部を刺した。ミノリも感じたはずの激痛が全身に走った。
痛い。痛い。痛い。痛い。
ミノリの苦しみが今、理解できた。同時に、彼女の慈しみも焼けるような痛みを通して伝わってきた。
この日記が書き終わったらベッドに横になろう。そうして彼女と同じような最期を迎えよう。急所を突き刺せばもっと楽に死ねるだろうけど、それはミノリに申し訳ないし、何より彼女と違った死に方をするのはいやだ。彼女と同じ死に方で、最期まで彼女を感じていたい。
これを読んだ人間が、かつて存在したミノリという人間の愛を、少しでも感じてくれることを心から祈っている。
ある日記 青桐鳳梨 @rainyruin
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