九月十二日

今日は家から出ることができた。わずかながら精神的に安定していっている証左なのかもしれないけど、それが必ずしもいいことであると断言することはできない。ミノリのことを四六時中考えているはずなのに、彼女の顔は頭の中から刻一刻と薄れていく。それが何よりもつらい。

外に出てミノリの家の周りをうろついていた記者ともただの野次馬ともつかない人物に話を聞いて、分かったことがいくつかある。

まず一つ、ミノリが死んだとき、ドアにチェーンがかかっていたらしい。警察が自殺だと判断したのは、窓がすべて施錠されていたことに加えてその事実があったからなのかもしれない。どちらにせよ、昨日まで考えていた、鍵を使って殺人を偽装したという可能性は消えてしまった。玄関の鍵を閉めることはできても、チェーンまで閉めることは外からじゃできない。

それと、ミノリの死体には毛布がかかっていたそうだ。腹部に包丁が突き刺さった上から、毛布が覆いかぶさっていたのだ。ミノリを突き刺した後に、誰かが上からかぶせたのだろうか?

この二つの事実をどう解釈すればいいだろう。ドアチェーンがかかっていた事実は一見、ミノリの死が自殺であることを示しているように思われる。だが彼女が毛布をかぶっていた事実は意味がつかめない。腹部に包丁が刺さった後に、そんなことをする必要があったのだろうか?犯人の追撃を逃れるために毛布にこもった?しかしその犯人はどこからどうやって家の外に出たのだろう?

わからないことは増えるばかりだ。相談しようにも、いつも相談に乗ってくれたミノリはもうすでにいなくなってしまった。彼女は底抜けにいい人間だった。慈愛に満ちて、どんなことでも受け入れてくれるような人だった。

ミノリと最後に話したのは、確か、ミノリが死んだ日の午前中だ。彼女の家に行って、くだらない話をした。その時もやはり暗いところなど微塵も見せず、優しかった。

ミノリはそのすぐ後に死んだ。

太陽のように明るかったミノリと、暗く冷たい死の間にある途方もない断絶がどうしようもなくぼくを打ちのめす。胸が押しつぶされるように苦しい。金槌で殴られるみたいに頭が痛む。耳元で誰かが叫ぶ。笑っている。泣いている。喚いている。

もういやだ。ミノリの笑顔を奪った犯人が憎い。殺してやりたい。

今夜は包丁を胸元において、毛布をかぶって眠ることにする。死ぬ間際のミノリの考えが、気持ちが少しでも感じられるように。そんなことをやったって彼女には近づけやしないだろうけど、物理的にミノリに関連するものが傍にあるだけでもなんとなく心地が良かった。

ひょっとしたらぼくの頭は壊れてしまったのかもしれないと気付く。気付いたところでどうにかなるものでもないけど、こんな地獄のような日々を生きていくには仕方のないことだった。

おかしいのは、あるいは、周りのほうかもしれない。

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