乙女ゲーム美容法

無月兄

第1話

 同じ会社の先輩、太田邦子おおたくにこさんは、美人だ。男性社員が注目するのはもちろん、同じ女性である私だって、時々見とれてしまう。


 私もあんな風になれたら。思わずそんなことを考えるけど、身の程知らずだってのはわかってる。

 だって私は、自他ともに認める平凡な地味キャラ。あんな、生まれながらのヒロインみたいな人になんて、どうやったってなれっこない。


 それでも、先輩の十分の一。ううん、百分の一でいいから、きれいになれるものならなってみたい。そう思った私は、思いきって太田先輩本人に聞いてみた。


「えっ、美容のコツ? そうね。強いて言うなら、適度な運動をすること、自分の外見をよく見て認識すること、こだわりのある化粧品を使うこと。それに、たくさん恋をすることかしら」


 はい、私じゃ無理なこと決定しました!

 確かにどれも、納得したりいかにもそれっぽかったりするようなことだけど、実際にやるのは難しい。


 適度な運動なんて、実際にやるのは意外と難しい。自分の外見をよく見るくらいならできるかもしれないけど、こだわりの化粧品って言われてもよくわからない。

 そしてなにより、たくさん恋をすること。先輩はともかく、地味っ娘の私がそうホイホイ恋が出来たら苦労しないよ。


「あ、ありがとうございます……」


 顔をひきつらせながら、それでも一応お礼を言う。

 だけど、先輩の話はこれだけでは終わらなかった。


「ひとつ言うけど、今言ったコツ、全部簡単にできる方法があるのよ」

「えっ?」


 その言葉に、一瞬体が固まる。けれど、すぐさま首を横にふった。


「まさか。そんなうまい方法なんてあるわけないじゃないですか。他はまだしも、私みたいな平凡で地味な子は、そう簡単に恋なんてできないんです」


 先輩、もしかしてからかってるの? とても信じられずにまさかと否定するけど、そこで先輩は、さらに言ってくる。


「あら、知らないの? 平凡、地味。そんな子の方が、最初から持ってる人よりヒロインの素質はあるのよ。試してみたいって言うならいつでも力になるけど、どうする?」

「ふぇっ?」


 ど、どうしよう。尋ねてくる先輩の表情は真剣で、とてもからかっているようには見えなかった。

 正直、そんな方法あるわけないって、今でも思ってる。けど上手くいくかどうかは別として、先輩がそこまで言う方法が何なのか、知りたいという気持ちはあった。


「本当に、教えてもらえるんでしょうか」

「もちろんよ。そう言うってことは、試してみる気があるわけね」

「は……はい」


 ダメで元々。少しでも効果があったら儲けもの。そんな気持ちで頷く。


「いいわ。ただし、教えるにはここじゃダメ。今度、私の家にいらっしゃい」

「先輩の部屋?」








 というわけで、あれよあれよという間にやって来ました、先輩のお家。

 普段の先輩イメージから、超高級マンションのようなのを想像してたけど、意外にも私とそこまで変わらないアパートだった。

 まあ、同じ会社に勤めていてお給料だってそんなに差はないだろうというのを考えると、ある意味当然かもしれない。


「いらっしゃい。早速だけど、私の言ってた美容のコツについて、話してもいい?」


 きた! リビングに通されたところで、いきなり本題に入る。今日はそれを教えてもらいにきたんだし、もちろんいいに決まってる。

 私が勢いよく頷くと、先輩は、リビングの端にある棚から、あるものを取り出した。


「と言っても、話をするより実演した方が早いわね。まずは、これをやってみましょうか」

「これって、ゲームですか?」


 先輩が取り出したのは、今話題のゲーム機、サンテンドーシュワッチだった。

 私の友達も何人か持ってる人はいるけど、先輩もゲームなんてするんだ。なんか意外……って、そうじゃない!


「あの、先輩。美容のコツを教えてくれるんじゃないんですか?」


 それなのに、どうしていきなりゲームをやろうなんて言い出すの?


「いいからいいから。まずは、何も言わずにやってみましょう。もちろん、私も側についてずっと見ておくから」

「はぁ……」


 わけがわからない。もしかして、本当にからかわれてるだけなんじゃ?

 だけど、面と向かってそんなこと言えるはずもなく、先輩の言う通り、とりあえずゲームを始めてみる。


 どうやらゲームの途中から始まったらしく、画面にはとある男の人のキャラクターが映し出されていた。外国風の衣装を身に纏い、顔はキリッとしていて、かなりのイケメンだ。


 画面下には何やら文章が書かれていていて、この男の人が喋る度に、その内容が表示される仕組みのようだ。

 そのセリフの内容から、彼がアッシュという名前であること。とある国の王子様であること。現在、主人公である女の子と、二人きりで話していることがわかった。

 その会話の内容が、これだ。


「王になること。それは孤独であるのを受け入れることだと、ずっと思っていた」


「だが、君と出会って気づいた。例えどんな境遇にあろうと、心を許し信頼し合える人がいるのだと」


「どうか、私と一緒に国に来てくれ。そして、ずっと側いてほしい」


 そこまで見てわかった。これ、乙女ゲームだ。プレイヤーが主人公の女の子になって、様々なイケメンと恋愛するっていうやつ。

 だけど、どうしてこんなものをやらなきゃいけないの?


 いよいよ困惑してきたその時だ。隣にいた先輩が、突如声をあげ、叫んだ。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ! アッシュ王子ーーーーっ! 行きます! あなたと一緒なら、国だろうとこの世の果てだろうと、どこまでだってお供しますーーーーっ!!!!」


 その声の大音量たるや。すぐ近くにいた私は、鼓膜が破れてしまうかと思った。

 しかし、先輩の行動はそれだけに留まらなかった。


「キャーーッ! キャーーッ! キャーーキャーーキャーーッ!!!」


 またも叫びながら、リビングの床の上を何度も回転し始める。それが終わったかと思うと、今度は手を床にバシバシと叩きつける。顔文字で表すなら、こんな感じだ→(੭ु ˃̶͈̀ ω ˂̶͈́)੭ु⁾⁾


 私はいったい何を見ているのだろう。今の先輩には、普段会社で見せているような美しさや気品といったものは欠片もない。いや、美人であることは変わらないんだろうけど、目の前で繰り広げられている奇行が、その全てを塗り潰していた。

 先輩、いったいどうしちゃったの!?


 待つこと数分。ようやくそれらの奇行が収まった先輩は、ゼーゼーと肩で息をしながら、私の方を見て、言う。


「どう。わかったかしら」

「な、何がですか?」


 質問の意図は知らないけど、あえて言うなら、何もかもわからない。


「人はね、胸キュンが高まると、反射的に声をあげたり、床ローリングしたり、己が拳をどこかに何度も叩きつけたりするの。そして、乙女ゲームをやるとそんな状態になることが何度もある。この運動量は相当なものよ」

「まさか、美容のコツで言ってた、適度な運動ってのは……」

「そう。それのこと」


 一瞬、頭がクラっとした気がした。まさか、先輩の言う美容法がこんなのだったなんて。


「さあ。ようやく気持ちも落ち着いたことだし、ゲームを続けましょう」

「まだやるんですか!?」

「当然よ。確かに運動にはなったけど、これを紹介するためだけに、わざわざあなたを呼んだりはしないわ」

「はぁ……」


 若干引きつつも、言われるがままにゲームを再開する。


 さっきの告白シーンも終わって、今はちょっとした日常パートだ。

 その途中、場面が変わり、少しの間画面全体が暗くなる。その時だ。

 真っ暗になった画面に反射して、プレイしている私達の顔が映し出された。


 同時に、先輩の声が飛ぶ。


「今の、見た? 見たわよね」

「えっと、なんのことですか?」

「画面に映った、私達プレイヤーの姿よ。これぞ、乙女ゲームあるある。さっきまでイケメンヒーローとヒロインちゃんの超美しい光景を拝ませてもらっていたというのに、画面に映り込んだ自分の顔で、一気に現実に引き戻される。場合によっては、その顔面力の格差でさらにダメージアップという、恐ろしい現象よ」


 そういえば、先輩の言ってた美容のコツの中に、自分の外見をよく見て認識するというのがあったっけ。これが、その招待なのか。


「でも、こうやって自分の姿を見てどうするんですか。悲しい気持ちになって終わりじゃないですか?」


 実際私も、自分の地味顔を見てちょっぴり悲しくなった。

 だけど、先輩は言う。


「それが大事なのよ。ダイエットでも、今の自分の状態を知ることで向上心が生まれるって言うでしょ。私も、画面に映った自分を見て、少しは良くなって精神的ダメージを減らさなきゃって思うようになった。化粧品に興味を持つようになったのも、それがきっかけよ」

「思考がおかしな方向に行ってます! そんなのがきっかけだったんですか!?」


 まさかの形で、美容のコツ、『こだわりのある化粧品を使う』が出てきた。


「こだわりってことは、やっぱりお高いものを使うことになるんですか?」

「違うわよ。高い=こだわりなんて、そんなの安直すぎるじゃない。私がオススメする化粧品の選び方は、これよ」


 先輩はそう言うと、既に用意していたであろう化粧品の数々を取り出した。

 リップに、アイシャドウに、ペンシルセットに、ジェルグリッター。でもちょっと待って。この商品。どれもどこかに、キャラクターの顔や見覚えのないロゴがプリントされてるんだけど。


「乙女ゲームはね、化粧品メーカーとコラボすることも多いのよ。推しキャラのコスメが出たら、ファンとして買わないわけにはいかないわ」

「こだわりってそれですか!? でも、化粧品って使う人との相性がありますよね。合わなかった時はどうするんですか?」

「なに言ってるの。推し様とコラボした化粧品なのよ。そんなの使えるだけでただただ尊いじゃない。そんな気持ちでいると、プラシーボ効果で自然と効き目も出てくるの」


 プラシーボ効果って、そういうものでしたっけ?

 そう思ったけど、今の先輩にまともな言動なんて期待できない。

 それに、まだ一つ残っている。美容のコツ、最後の一つ。『たくさん恋をする』が。


 まあ、ここまできたらだいたい予想はつくけどね。


「たくさん恋をする。乙女ゲームなら、誰でもそれが実現可能にできるの」


 ほら、やっぱりね。絶対そうだと思ったよ。


「私くらいになると、今までお付き合いした人は何百人にもなるわ」

「多っ! いったいどれだけ乙女ゲームやってるんですか!」

「ああ、思い出すわ。一緒に旅に出た幼なじみ。役目と自らの想いの間で揺れ動く新撰組隊士。旅館の番頭見習いとして奮闘する幼なじみ。宇宙人の作ったロボット。源平合戦を共に戦い抜いた幼なじみ」

「幼なじみ多すぎません!? それに、新撰組と源平合戦って、時代が全然違いますよね!」

「そう。そんなにも多種多様な人達と恋をすることができる。それこそが、乙女ゲームの魅力なの!」


 拳を天高く突き上げ、堂々と力説する先輩。

 今更だけど言っておく。この人、ものすっごい乙女ゲームオタクだ。今まで持っていた先輩のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。いや、もはや木っ端微塵になっていた。


「さあ。これで美容のコツ、もとい乙女ゲームの素晴らしさはわかってくれたわね。乙女ゲームをやると、自然と綺麗になっていくの。そして、何よりメッチャメチャ面白いの。わかった? もちろんわかったわよね。それじゃ、本格的にプレイしていきましょうか」

「えっと……遠慮します」


 先輩には悪いけど、今までので既におなかいっぱいだ。と言うか、先輩の凄さのせいで、乙女ゲームそのものに若干引いているんだけど。

 けれど、こんな凄い人がそれだけで諦めてくれるはずがなかった。


「あら、そう。ファンタジー系作品としては、万人受けするソフトだと思ってたんだけど。じゃあ、学園ものいってみる? それとも、歴史もの? サスペンス風味なんてのもあるわよ」

「いえ、ジャンルがどうこうって話でもありません」

「一人でじっくりプレイしたいなら、貸すわよ」

「だから、そういう話でもなくてですね……」

「あっ。推しが被るのを気にしてるなら心配しないで。私、同担拒否じゃないから。むしろ同士ができたって喜ぶし、自らの布教が身を結んだと思うとハッピーよ」

「もう何言ってるかわかりません!」

「いいから、とりあえず乙女ゲームやりましょう。やってみたらきっと良さがわかるから。乙女ゲーム、乙女ゲーム、乙女ゲームーーーっ!!!」


 ……美人で憧れていた先輩の正体は、とんでもない狂信者でした。





 〜数ヶ月後〜





 ねえ。なんだか最近綺麗になってきんじゃない?


 近頃、私はそんな風に言われることが多くなった。ちょっぴり気はずかしいけど、そう言われて悪い気はしない。


「もしかして、好きな人でもできた?」

「まあ、そんなところです」


 鋭い。好きな人、できましたよ。それも、何人も。何十人も。


 さあ、今日もさっさと家に帰って、画面の中にいる彼らとデートするんだ。

 乙女ゲーム最高ーっ!


 サア、アナタモ乙女ゲームヤリマショウ。

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